9月に入ってからも残暑が厳しく、台風がもたらす湿気のせいなのか、とにかく蒸し暑くて閉口する日々が続いた東京。やっとここに来て、風が秋っぽくなってきたようだが、正にこの時期が日本とオーストラリアの季節が交差する時期だ。日本は徐々に秋から冬へ。オーストラリアは春から夏へ。そしてこれからの季節がオーストラリアの人たちが一番浮き浮きしていて、自然がキラキラ輝いている時期のように私は思う。
月が変わってから、オーストラリア発のSNSには、春がやってきたことを喜んでいる投稿が沢山掲載されている。
そして、こんなラジオ局ABCによるツイートも。
加えて、9月1日に多く見かけた投稿は「Happy Wattle Day!」というものだった。
これは以前「市民が政治家を育てる気概」で取り上げた国会議員、ジョシュ・フライデンバーグの9月1日のツイートである。
ワトルは日本ではアカシヤの名で親しまれている植物だが、アカシア属の植物たちを総称してオーストラリアではワトルと呼ぶ。「ワトル・デイ協会」(Wattle Day Association)のホームページによると、ワトルには1064もの種があり、その多くはオーストラリア原産のものらしい。そのようにオーストラリアとの関係が特別深い植物ということで、その中の1種「ゴールデンワトル」がオーストラリアの国花となっている。オーストラリア連邦の紋章にあしらわれている花は、ゴールデンワトルだ。
ゴールデンワトルが咲き誇っている風景はとにかく真っ黄色!という印象だ。満開の時は、それは見事な光景である。
そして、このゴールデンワトルの色、“ゴールド”と緑はオーストラリアのナショナルカラーで、スポーツの国際大会などの際のオーストラリアのチームカラーとなっている。
さて、その9月1日の「ワトル・デイ」だが、実は私は今回SNS上で見かけるまで、その存在を知らなかった。その日が休みになる市民の休日ではないし、8月の最終金曜日に指定されている「ダッファディル・デイ」(「水仙の日」注①)ほど大々的にPRされてはいないからなのか、今年まで気づかずに来てしまったが、今回私の目にも入って来たのには訳があるようだ。
この「ワトル・デイ」、最近1月26日の「オーストラリア・デイ」に代わる国民の休日にしては、という話が持ち上がり、露出が増えている模様。「オーストラリア・デイ」に纏わるオーストラリア国内での論争についてはブログ「過ぎ行く夏」の回で触れたが、1月26日が大英帝国がオーストラリア大陸へ植民を始めた日に当たることから、先住民の視点から見ればそれは侵略が始まった日であり、国家・国民の記念日として相応しくない、ということなのだ。
では実際「オーストラリア・デイ」を別の日に移すとしたら、いつが適当なのか。オーストラリア連邦の設立は1901年1月1日であるが、それは一年の始まりの日と重なってしまうので、特別な日として祝いにくい。では、いつか、という議論の中で、一部で注目を集めているのが「ワトル・デイ」なのだ。
「ワトル・デイ」を連邦政府が国民の記念日としたのは1992年らしいが、オーストラリア議会のホームページによると、連邦成立の頃からこの土着の植物に対するオーストラリアの人たちの思い入れは強かったらしく、1910年9月1日にシドニー、メルボルン、アデレードで最初の「ワトル・デイ」が祝われたらしい。その後例えば赤十字社が募金活動をするなど、チャリティーの日として使われることもあったようだ。ニュー・サウス・ウェールズ州では学校行事に取り入れるなど認知度が高かったが、必ずしも全部の州で「ワトル・デイ」が設定されていたわけではなかったとのこと。それが1980年代になって、オーストラリアの自然環境に対する懸念が表明されるようになったことから、この日が見直され、自然保護のシンボルの日として全国区でこの日が「ワトル・デイ」と言われるようになったらしい。とは言え、休日となる記念日でもなく、全国的に大きな行事が行われるわけでもないまま今日に至っているようだ。
一方で「オーストラリア・デイ」に纏わる論争に目を向けると、先住民の人たちの立場を慮り、侵略が始まった1月26日ではない日に「オーストラリア・デイ」を移しては、という話が近年その日が近づくとあちこちで上がるようになっているのだが、先月、西オーストラリア州のフリーマントルという港町が毎年恒例となっていた「オーストラリア・デイ」の花火大会を来年は取りやめることにしたというニュースが流れた。フリーマントル市としては、市民に楽しまれている花火大会を中止する決定を下すことは非常に苦しいことだったが、市民の中に1月26日を祝えない人たちがいることを考慮してそのように決定した、と報道された。
これまで花火大会にかけていたお金は、市民の多様なバックグラウンドに対応し、より環境にも優しいイベントの開催を企画・実施することに振り替える、ということだ。
そのような話の流れの中で、ちょうど「ワトル・デイ」が迫っていたこともあるのだろう、「ワトル・デイ」の9月1日が「オーストラリア・デイ」の振り替え先に適しているのではないか、という声が聞かれた。ワトルは先ほど書いたようにオーストラリア原産の植物であり、オーストラリアに住む全ての人たちにとって同様に縁のある植物であることから、政治的な論議も呼ばず、国民が皆で自国のことを祝う日として相応しい、ということなのだ。
しかし実際には、フリーマントル市の決定自体に先住民の人でも反対する人がおり、「オーストラリア・デイ」を今の日にちから動かすということについては、まだまだ国民のコンセンサスが出来ていない…どころか、広く議論の対象にもなっていないように感じる。メディアがネット上で行ったアンケート結果を見ると、「オーストラリア・デイの日にちを変えるべきか?」という設問に、変えるべきと答えた人は19.95%に留まり、変えるべきでないと答えた人は80.05%に上った。
また「オーストラリア・デイ」はいつが相応しいか、との設問には、現行の1月26日とした人が63.58%で、2位の9月1日(現在のワトル・デイ)の14.2%を大きく引き離している。
とは言え、1月26日の「オーストラリア・デイ」が近づくと、毎年本当にその日が国家・国民の日として祝うのに相応しい日なのか、という議論が必ず起こる。このフリーマントル市の例のように、各自治体が地元の実情に合わせて「オーストラリア・デイ」のあり方を見直して行くようなことがあれば、国のレベルで日にちの移動を含めて、真剣な議論が求められる時が来るだろう。
ともあれ、Happy Wattle Day! これからがオーストラリアが一番輝く季節。南半球からのニュースを益々楽しみに、オーストラリア・ウォッチをして行きたい。
注①:「ダッファディル・デイ」は全国的ながん撲滅のために募金活動をしている「がん協議会」(National Cancer Council)が主催するチャリティーの日。8月の最終金曜日に設定されていて、水仙(ダッファディル)をシンボルとする。