市民が政治家を育てる気概

    「キャロラインたちはジョシュを“教育”することが出来るのかなぁ…。」7月19日に行われたターンブル新内閣の閣僚任命式の様子をネットニュースで見ていて、ふとそんなことを思った。
    投票日から一週間以上経った7月10日にターンブル首相が勝利宣言を行ったものの、選挙戦が2ヶ月と長かったし、勝敗がなかなかはっきり決まらなかったこともあったからだろうか。何となく選挙疲れのような倦怠ムードがオーストラリアから流れて来ているように感じていたが、今回の新内閣発足でやっと停滞していたものが動き出した感がある。

7月19日に発足したターンブル新内閣。
総督邸での認証式の後の集合写真。(The Australian紙より)

    今回の内閣改造はそれほど大きいものではなく、外相や財務相、防衛相などの主要閣僚の顔ぶれに変化はなかったが、新しい人材の登用、既存の人たちの担当業務の変更、昇進などがあった。そのような中で以前より大役を与えられ、注目をされたのが「環境及びエネルギー担当大臣」(Minister for the Environment and Energy)になったジョシュ・フライデンバーグ議員だ。

大臣就任の日にキャンベラで。向かって右端がジョシュ。
(ジョシュのツイッターより)(注1)

    この任命が特に注目されたのには訳がある。環境とエネルギーを同時に見る大臣のポストというのは今回誕生したものだが、そもそもこのアレンジが環境保護活動に熱心な層から批判を浴びた。確かにこれはよくよく考えると、面白い、というか微妙なポストだ。「環境」と「エネルギー」。前者は自然をいかに人間が搾取せずに保護するか、という概念に結びつき、後者はその自然をいかに有効活用するか、という概念に結びついている。「自然」を人間が利用出来る資源とみなすかどうかで相反する概念な訳だが、これが二つ並べられたことで、ターンブル政権の「自然」を有効活用/利用する姿勢が明確に表わされた、と読むことが出来る。
    一般的に言うと、自由党は自然保護よりもビジネスのため、そして何より経済を回すために自然を活用することに熱心な印象がある。実際アボット前首相のように地球温暖化・気候変動説自体に疑義を持つ所属議員も存在している。一方で労働党はより自然保護に力点を置く政策を持つ、とされる。また、少数勢力ながらもオーストラリアにおいては大きな発言力を持つグリーンズ党(緑の党)が自然保護を強調するのは言うまでもない。自由党所属であるフライデンバーグ議員は、先回の内閣では資源、エネルギー及び北部オーストラリアを担当する大臣を務め、元々非常にビジネス寄りの人物であったことからも、彼の環境及びエネルギー担当大臣への任命は、自然保護層から批判を浴びることになったのだ。
    そのフライデンバーグ議員、冒頭でジョシュと気軽に呼ばせてもらったが、彼は私がメルボルンで住んでいた街を含む選挙区・クーヨンの選出議員で、彼の方が覚えているレベルでではないが、地元で数回言葉を交わす機会があった人物だ。初めて会ったのは忘れもしない2011年、東日本大震災の直後だった。 私はあの震災が発生した時、偶然研究に纏わる出張で一時帰国をしていた。3月11日当日は大阪におり、小さな揺れは感じたものの、東京までも巻き込んだ震災当日、そしてそれから数日の大混乱は幸運にも逃れられ、震災から約一週間後、予定通りオーストラリアへ戻った。しかし、もちろん母国を襲った未曽有の災害に大きな衝撃を受け、向こうでもずっとネットから流れて来る震災後の状況を追う毎日だった。地震、津波による人的被害の大きさにただただ圧倒されると共に、やはり福島の原発事故の様子がとにかく気になって仕方がなかった。
    そんな時にたまたま郵便受けに入れられていた地域のコミュニティペーパーを見るともなく見ていて目に入って来たのが、「Nuclear energy?(原発は選択肢?)」というタイトルのついた小さいベタ記事だった。内容をよく見てみると、それは「Lighter Footprints」(以下、LF)(注2)という代替エネルギーの有り方を考える地元の市民グループが主催している集会の案内だった。
    オーストラリアは原発を持たない国である。元々南太平洋における核保有国による核実験に強い反発を示していた国でもあり、原子力、というのは一種オーストラリア社会ではタブーのようなところがあった。しかし、21世紀に入りCO2削減の具体策を検討する中でちらほら原発の話が聞かれるようになっていた。
    その集会の案内を見て、原発、という代替案はないんだ、という思いと、それよりも何よりも代替エネルギーを巡ってオーストラリアではどんな議論が展開されているのか、それを知りたくてその集会に足を運んでみた。その晩は3人の講演者がいたが、その内の1人が地元選出の新米議員ジョシュだった。

    国会議員が平日の夜にわざわざ市民の集会に参加するんだなぁ、と感心しながら講演を聞き、その後講演者と参加者が交流する時間が設けられていたので、その機会にジョシュと直接話すことが出来た。単刀直入にオーストラリアの原発導入の可能性について聞いたところ、原発はCO2削減の有効策だが、しかし今回の福島の一件で政治的な議論としては死んでしまった状況だ、との答えがあった。その答えに少しホッとして、夜道を帰途に着いたのだが、結局その後私はLFのメンバーになって、彼らが一ヶ月に一回ほど開催する勉強会に時間が許す限り参加するようになった。
    代替エネルギーのことを学びたい、考えたい、という思いもあったし、同時に、こういった市民グループの活動を体験してみたい、という気持ちもあった。それまでも市民活動に関心がなかったわけではないが、日本にいた時は何となくそういった団体の外の世界との繋がりの希薄さを感じで積極的に参加するには至っていなかった。しかし、国民の多くが市民としての意識をかなりはっきり持ち、政治に対する意識が高く、市民のパワーで政治は動かせると信じている人たちが多いオーストラリアの市民活動は少し違う色彩があるのではないか、と思い、体験入学のような気持ちで参加するようになった。
    メンバーはリタイヤ組の年齢が高い人たちが多いが、中年世代や、高校生などもちらほら。自宅のエネルギーは全て太陽光で賄っている、という人や、少し郊外で自給自足に近い生活を送っている人も。とにかく石炭に頼る生活からいかに脱するかということを真剣に考え、その場合どのような代替案が考えられるのかを海外の例も引いて勉強し、議論し、そして実践もしている人たちの集まりだった。
    彼らの活動を見ていると、グループ内での議論もさることながら、とにかく積極的に行動している。地元エリアの各戸へのチラシの配布はもちろん、近くで何かバザーなどのイベントがあると、必ず自分たちのブースを構えて代替エネルギーをPR。身近な市議には面会を求めるなど直接働きかけ、州政府や連邦政府が環境政策で彼らの気に入らない動きを示すと、即新聞へ抗議の投書。そして当該議員へは抗議の手紙攻め。日本でそれをあまりやり過ぎると、うるさい!と避けられ、却って逆効果になるのではないか、と感じたが、オーストラリアの社会には、市民の側にパワーがあり、議員の方にもそのパワーを尊重している前提があるように感じた。
    ジョシュにしても、彼の主張はLFの環境保護の主張とは相容れない側面が強く、私がちょうど3年前に参加したLF主催の集会では、彼の講演中に一部の聴衆から激しい野次が飛び、スピーチが続けられなくなり、司会者が同意出来ない意見であっても、登壇者の話には公平に耳を傾けなければならない、とアナウンスをしなければならない場面もあった。LFも徐々に存在が地元で認知され始め、2年前の集会の時より大きなホールでの開催で、野党の労働党、グリーンズ党の議員・議員候補者も参加した会だったが、ちょっとした“事件”だった。
    それでもジョシュとLFとの縁は切れておらず、今回の選挙前にも同様の集会があり、ジョシュは参加。今回はどうも彼の登壇前に、ジョシュに抗議する男性が何やら液体(農薬?)が入ったボリタンクを下げて舞台に上ろうとして、主催者に制止される、ということも起こったらしい。


    しかし、彼はそのようなことには言及せず、LFの集会に参加してきたことのみをツイートしていた。

    私が二度目にジョシュに直接会ったのは、上記の3年前の集会の時である。会がお開きとなり、別の参加者と話しているジョシュの横で、LFの主催者キャロライン・イングバーソンさんと話していたのだが、私が「ジョシュ、LFの意見とは必ずしも相容れない主張をしているけど、とにかくこういう集会に出て来て、反対意見の市民からの質問にも耳を傾けてきちんと答えている姿勢は偉いね」という趣旨のことを言ったところ、キャロラインは「そうね…」と返しつつ、「それはそうなんだけど…。でもね、彼はもっと教育しないとね」(キッパリ)と言い切った。
    そうかぁ、教育しないとね、かぁ、と妙に感心してしまった。確かにその時ジョシュは40歳ちょっと。もうリタイヤ組で孫もいるキャロラインから見れば、彼はまだまだひよっこだから、親の目線になるということもあるだろうし、自分たちの社会の将来を担う政治家は市民が育てるんだという意識の表われなのではないか、とも思った。

    さて、LFの皆は今回のジョシュの「環境及びエネルギー担当大臣」就任をどう見ているのだろうか。想像するに今回の任命、そしてエネルギーを担当する大臣と環境を担当する大臣を統合した政策を良しとしていない人たちが多いのではないか。
    そして、“我地元のジョシュ”だから直言してやろう、と皆益々意気込んでいるのではないだろうか。一エリアのグループだった彼らの活動が、ジョシュが国政に携わることで少しでも具現化されることがあるのか。注目して行きたいと思う。

注1:左端の女性は太平洋戦争を挟んだ時期にオーストラリアの首相を勤めたロバート・メンジーズの孫。メンジーズ首相は最長期間その職にあった人物で、ジョシュはメンジーズのクーヨン選挙区からの選出議員。

注2:Lighter footprintsは「より軽い足あと」という意味だが、これは人類による環境破壊を、人類が地球に残している足あとに例え、それを少しでも軽くする努力をして行こうじゃないか(環境に優しく生活しようじゃないか)というグループの活動趣旨が込められているネーミング。



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Yoko Harada

原田容子: オーストラリア・ウオッチャー。子供時代の一時期を父親の転勤にてシドニーで過ごす。以来オーストラリアとの交流が続き、2003年にそれまでの会社勤めを辞め、シドニー近郊のウーロンゴン大学に留学。修士号、博士号(歴史・政治学)取得。在メルボルンのディーキン大学で研究フェローを務めた後、2013年帰国。外務省の豪州担当部署に一年勤務。現在は個人でオーストラリア研究を継続する傍ら、大学で教える。