【回答編】クッキーモンスター vs. ビッキーモンスター

 前々回のブログで、オーストラリア英語に特徴的な「イー化」の話を書いた。そうしたところ、その後オーストラリアのラジオなどを聴いていると、やたらと「イー化単語」が耳につくようになった。やはりそれだけ話し言葉の中で多用されている、ということなのだろう。
 先日は、オーストラリアを代表する俳優の一人、ガイ・ピアースが米国のトークショー「The Late Show with Stephen Colbert」に出演した際の動画に行き当った。その中でピアースはオーストラリア英語のことを語っていて、正に単語の最後の「イー化」について短くだが触れていた。

 ドラッグクイーンを描いたオーストラリア映画「プリシラ」、そして「LAコンフィデンシャル」や「メメント」など海外の作品にも出演し、国際的に知名度の高い俳優のピアースだが、ホストのスティーブン・コルベールにオーストラリア英語のことを聞かれ、クリッシー(クリスマス)、プレジー(プレゼント)、そしてブレッキー(ブレックファースト)を例に上げつつ、オーストラリアでは単語の最後を切って、「y」(イー)をくっつけるクセがあることを紹介している。加えて、オーストラリア英語に特有のフレーズ「Fair Dinkum」(フェアー・ディンカム)についても面白おかしく語っているので、興味と時間のある人は是非動画を観てみて欲しい。

 この動画を観ていて、そう言えば結構頻繁に使われる「イー化単語」なのに、ブログで紹介しそびれた単語がちょいちょいあることを思い出した。その一つは「ベッジー(veggie)」だ。これは音の感じですぐわかるのではないかと思うが、ベジタブル、野菜のこと。

トマト
ウーロンゴンの市場。トマトもジャガイモも種類が一杯!
ウーロンゴンの市場。トマトもジャガイモも種類が一杯!

食卓を囲んでいて、近くにあるサラダや温野菜のお皿を差し出しながら「Want some veggies?(野菜、食べる?)」などと同席者に声を掛けるのは日常茶飯事だ。ベジタブルより短くて、確かに言いやすく、使いやすい。

 オーストラリアの人たちの日常会話を聞くことがあったら、是非「イー化単語」に注目して聞いてみて欲しいが、ここで前々回のブログで出した、「イー化単語」のクイズの回答を記載しよう。
 まず①の「mozzie(モジー)」は、モスキート―、蚊のことだ。音は関係ないのだと思うが、何となく蚊が近づいてくる不快な音を想像させる。  以前のブログ「ティートリーオイルの里、バラナ」で、ティートリーオイルを使った虫除けに触れたことがあるが、その製品を取り扱っているドラッグストアのサイトに書き込まれたユーザーのコメントの中にも「mozzie」が使われている。

Mozzie Screenshot
Chemist Warehouseのウェブサイトより(スクリーンショット)
Chemist Warehouseのウェブサイトより(スクリーンショット)

 ユーザーの「Nica」さん曰く、「自分はmozziesに好かれてしまうタイプの人間で、この虫除けだけが効いてくれる」のだそうだ。

 そして②の「telly(テリー)」。テレフォン、と思った人もいるかもしれないが、これはテレビのことだ。今年の初めにオーストラリアのテレビに纏わる話題を流すポッドキャストが向こうで立ち上がったそうだが、そのポッドキャストの名前がズバリ「Aussie Telly Podcast」だ。

Aussie Telly PodcastのHPから(スクリーンショット)
Aussie Telly PodcastのHPから(スクリーンショット)

 そして、③の「budgie(バッジ―)」。恐らくこれが一番わかりにくく、答えを聞いてもわからない…という人が大半なのではないだろうか。バッジ―は鳥、バードのことだ。バードからどうしてバッジ―なのか、という当然の疑問が湧いてくると思うが、調べると、元々はオーストラリアに棲息するインコ、バジェリガー(と読むのだろうか)、budgerigarの愛称だったらしい。

BirdLife AustraliaのHPから
BirdLife AustraliaのHPから(スクリーンショット)

 これを見ると、日本の家庭で飼われているセキセイインコに似ているように見える。先日、クイーンズランド州北部の内陸の町リッチモンドで大量に鳥が飛んでいる様子が撮影されて、ABCのフェイスブックで紹介されていた。実際にバジェリガーが飛んでいたのか、別の鳥だったのかは不明だが、その説明の中でも、バッジ―という言葉が使われている。


 以上が回答だが、みなさん、いくつ正解だっただろうか。

 さて、先回紹介しそびれた「イー化単語」の中にもう一つ日常生活の中で度々聞くものがある。それは「pollie(ポリー)」だ。「ポリ…」という音から、ポリス、警察官のことか、と思う人もいるのではないかと思うが、これは政治家、ポリティシャン(politician)のことを指す。
 この「イー化単語」をオーストラリアの人たちが多用するのは、短ければ話すのが楽、という理由もあるだろう。そして、何より、その方が会話がカジュアルなニュアンスになって、気取らないオーストラリア人気質を感じさせるのに良い言い回しだ、と思われていることもあるだろう、と感じる。
 一方で、対象を揶揄するために、砕けた「イー化単語」にするケースもあるようにも思う。そのカテゴリーに入って来ることが多いのが、ポリーではないか、と私は感じる。政治家は有権者から常に監視されている対象。特にオーストラリアの人々は政治に対して熱いので、政治家は常に厳しい批判の目に晒されている。

 そのようなオーストラリアの政治、それも国政で、国会議員たちが揶揄される“大事件”がつい先月起こった。今年の初めには来日もしたターンブル首相が、あっという間に首相の座から引きずり降ろされてしまったのだ。国政選挙があった訳ではない。ターンブル首相は彼自身が所属する自由党からダメ出しをされてしまったのだ。最初に動いたのは、ターンブル政権の閣僚で内務大臣ビーター・ダットンだ。結局、8月24日に行われた党首選に、ターブル首相は立候補せず、代わってターブル首相を支持していた財務大臣のスコット・モリソンが名乗りを上げ、ダットンとの一騎打ちの党内投票の結果、モリソンがオーストラリアの第30代首相に就任した。

認証式にて。左がモリソン新首相。右はピーター・コスグローヴ連邦総督。(2018年8月24日付Financial Reviewスクリーンショット)
認証式にて。左がモリソン新首相。右はピーター・コスグローヴ連邦総督。(2018年8月24日付Financial Reviewスクリーンショット)

 この首相交代劇、ダットンが首相に挑戦する、とわかってから、モリソン首相が誕生するまで、一週間足らず。本当に右を向いて、左を向いている間に首相が代わってしまっていた、という印象だ。  オーストラリア国民は、よっぽどのターンブル首相嫌いでなければ、なんなんだこれは?と怒るか、呆れるかしていた。各メディアの論調がそうだったし、私の友人たちも同じ反応だった。というのも、オーストラリアでは、2007年に12年首相を勤めたジョン・ハワード首相が総選挙で敗れ首相の座を降りてから、10年程の間にのべ6人もの首相を頂く事態になってしまっているからだ。
 ここに1975年から現在に至る、オーストラリアの首相の年表がある。

ツイッターユーザー名「hahessy」の8月24日付ツイートより
ツイッターユーザー名「hahessy」の8月24日付ツイートより(スクリーンショット)

 これはスティーブン・キプリリスというメルボルン在住のグラフィック・デザイナーが作ったもので、私はツイッター上で流れていたものを拾ったのだが、近年いかに頻繁に首相が交代しているかが一目でわかる。右手の部分がキチキチに混み合っているところが滑稽にも見え、度重なる首相交代劇を揶揄しているように見える。
 そして、その間、国政選挙、つまり、国民の声が反映される形で首相が代わったのは、たったの一回で、2013年9月に労働党(The Australian Labor Party)政権から今の自由党(The Liberal Party of Australia)・国民党(The Nationals)の連立政権に政権交代した時のみ。他は全て今回の交代劇を含め党内の内紛だったことが国民のイライラを募らせている。2007年末から2013年9月頭までは労働党政権で、ケビン・ラッド→ジュリア・ギラード→ケビン・ラッドと、2度内紛劇があった。労働党が2013年9月の選挙で政権の座を滑り落ちたのは、この労働党内の権力抗争に労働党支持者の嫌気が刺したことが一因だったと考えられる。
 そしてその時自由党党首として首相の座に就いたトニー・アボットは、2015年に今回失脚したターンブルに追い落とされてしまった。そして、今回の交代劇。結果、この10年超、首相の任期を満了した人はいない事態となっている。このような、国民不在の身内の争いを何度も見せられて、オーストラリアの人たちはもううんざり、といった反応なのだ。
 そもそもどうしてターンブル首相が今回その地位を追われることになったか一言で言えば、人気がなかったからだ、と解説していた記事を見かけた。確かにここしばらくの世論調査は、ターンブル首相率いる連立政権の支持率が、ずっと野党労働党を下回る結果となっていた。その原因はもちろん複数ある訳だが、ターンブル首相自身の人気が低空飛行だったことが大きな原因の一つだ。
 ターンブルは成功したビジネスマンから2004年に政界に転身した人だ。所属したのは、労働党やグリーン党より保守的、守旧派色の強い自由党だが、より革新的な考え方を持っている人物だった。1990年代にオーストラリアで、現在のまだ英国王室との国家体制の繋がりがある形から、その関係を完全に断ち切り、共和国となろう、という動きが盛り上がった際に、ターンブルは、その運動を推進するグループのリーダーの一人だった。自由党では長期政権を担ったハワードや、ターンブルの前のアボットのように現在の立憲君主制の体制を維持することをサポートする声が強い中、共和制支持者のターンブルは異色な存在だったと言える。
 そのターンブルが2015年に当時のアボット首相相手に党首選に挑んだのも、アボットの行き過ぎたとも見える守旧的志向にブレーキをかける目的があった。アボットは例えば爵位をオーストラリアに復活させよう、と言い出して、さすがのハワードもそれは時代錯誤だ、と苦言を呈するなど、一部で極右とも評される言動が目についたが、ターンブルは、右派、左派、という言い方をするならば、自由党の中の左派の立場からの国家の舵取りに着手をした。
 ところが、いざ首相の座に就いて政権運営を行うようになると、自党内や連立を組む国民党の意向との擦り合わせから、傍から見ていると、自分の信念を曲げる局面が増えて行った。結果中途半端な舵取りになり、右派、左派どちらの陣営からも支持されない状態に陥ってしまった。そしてその煮え切らない感じが国民にもよく見えたので、世論調査でも人気が低迷していったのではないだろうか。
 来年オーストラリアは“選挙イヤー”で、上院の半数の改選、そして下院の選挙が行われる。不人気のターンブルでは選挙に勝てない、と自由党内の反ターンブル派が考えたとしても不思議ではなく、今回の造反は起こるべくして起こったのかもしれない。しかし同時に現地で度々報道されているのが、2015年にターンブルによって首相の座を引きずり降ろされたアボットが、未だに恨みを抱いていて、ターンブルの仕事がしにくいように影響力を行使していただの、アボットにシンパシーを持つメディアがターンブルに対するネガティブキャンペーンを張っただのという不穏な解説もまことしやかに流れており、全くポリーは…と思わざるを得ない。

アボットの復讐を自由党の長老たちが批判していることを報ずるABCニュース(8月27日付。スクリーンショット)
アボットの復讐を自由党の長老たちが批判していることを報ずるABCニュース(8月27日付。スクリーンショット)

 さて、来年、オーストラリアの有権者はどのような審判をポリーたちに下すのだろうか。

 ところで、今回のゴタゴタの中で、一人グッと出世した議員が一人いる。2016年7月26日のブログ「市民が政治家を育てる気概」で紹介した、当時新任の環境兼エネルギー大臣だったジョシュ・フライデンバーグだ。たまたま、私がメルボルンに移り住んだ地の選挙区からの選出だったことから、地元の集会で会う機会もあった議員。うちの隣りの自由党熱烈支持者だったおじさん、ケンさんは、あいつは有能だ、いずれ外務大臣くらいにはなる、と言っていたが、今回の政変で、自由党の副代表に抜擢された。そしてこれまでモリソン首相が勤めていた財務大臣の座を与えられたのだ。ケンさんの期待と予想を上回る出世となったのではないか。

【写真⑪】認証式の直後にモリソン首相と(8月24日付ABCニュース。スクリーンショット)
認証式の直後にモリソン首相と(8月24日付ABCニュース。スクリーンショット)


 2011年に初めて直接会った時から随分と風格も出たように見える。とは言え、彼はまだ47歳。“選挙イヤー”の2019年を自由党副党首としてどのように舵取りしていくのか、お手並み拝見、である。





Read More from this Author

Yoko Harada

原田容子: オーストラリア・ウオッチャー。子供時代の一時期を父親の転勤にてシドニーで過ごす。以来オーストラリアとの交流が続き、2003年にそれまでの会社勤めを辞め、シドニー近郊のウーロンゴン大学に留学。修士号、博士号(歴史・政治学)取得。在メルボルンのディーキン大学で研究フェローを務めた後、2013年帰国。外務省の豪州担当部署に一年勤務。現在は個人でオーストラリア研究を継続する傍ら、大学で教える。