乾いた大地の桜の話

三月の終わりから四月の頭にかけて、日本列島は“桜狂騒曲”とでも呼べる現象に見舞われていた。確かに桜は私が生まれた頃にだって愛でられていたし、花見、というのも晩冬、初春の風物詩だったけれど、こんなにも開花宣言への注目も含めて、騒いでいただろうか。私は元来人混みが苦手で、花見にほとんど出掛けた経験がないから、昔の印象が薄いだけだろうか。  そんな私も、今年は気が付けば友達に誘われて、六義園、新宿御苑、代々木公園、鎌倉そして秩父・長瀞へ、と、ほぼ意図せず桜の追っかけをしているような状態になってしまった。 代々木公園 新宿御苑 鎌倉建長寺  各所とも大変な人出だったが、 »

“日本らしい”いなり寿司とパン屋と

2月の終わりからオーストラリア旅行に出かけていたが、3月中旬に戻って来たら、私が高校、大学時代を過ごした大阪府豊中市が世間を騒がせていてビックリした。正確には、もちろん豊中市が世間を騒がせていたのではなく、豊中市にあった国有地を巡る様々な問題が騒ぎになっていた、ということなのだが、東京に住んでいて滅多に「とよなか」の名前を聞くことはないので、少々驚くと共に、なんだかとんだことで全国区になってしまったなぁ、と思った。  今回の「森友学園問題」は特別フォローしようと思わなくても、ネットを見ていると様々な情報が否応なしに目に飛び込んで来て、私も国会での証人喚問というものを初めてライブで見たりしたが、そうこうしていたら、今度は「パン屋」と「和菓子屋」というキーワードがネット上で踊り始めた。改めて解説するまでもなく、 »

一つの時代の終わり

ちょうど一ヶ月ほど前の1月26日(木)は「オーストラリア・デイ」で、オーストラリアの国民の休日だった。1788年の1月26日、英国からの移民の第一船団が現在のシドニー湾に到着した日に因んだこの日が、近年物議を醸していることは去年このブログで触れた。(「過ぎ行く夏」・「春が来た!春が来た!」)英国側から見るとオーストラリア大陸への入植の始まった日であるこの日は、その大陸に何万年も前から住んでいた先住民の人たちにとっては侵略の始まった日となる。先住民の人たちの権利が回復されればされるほど、この国民の休日は危うい日となってきている。  今年は西オーストラリア州の港町フリーマントル市が、毎年「オーストラリア・デイ」に上げていた花火を中止することを決定。 »

シドニー湾年越し花火の天と地と

新しい年となって早くも半月以上が過ぎてしまった。オーストラリアでは新年よりもクリスマスが大きい行事で、クリスマス前後は仕事も休みになるところが多いが、年明けは2日から通常モードに戻る職場も少なくない。ただしこの時期は学校の長い夏休みに当たるので、この時期に長期の休暇を取る家庭は多く、本格始動、というムードからはほど遠い。テレビやラジオも夏の特別番組を放送しているところが多く、メインのキャスターたちも長期休暇に入り、12月、1月はピンチヒッターのキャスターたちが出演する。  そして議会も政治家たちも休暇中。議会の立ち上がりは2月7日だ。そういう意味では、1月14日に安倍首相が豪州訪問を行い、ターンブル首相と会談しているが、ターンブル首相の夏休みにちょっとお邪魔してしまった格好ではないか。ターンブル首相の地元であり、首相の第二の公邸(Kirribilli House) »

裏庭の野鳥たちの“国勢調査”

12月に入り、オーストラリアは「夏」に入った。これから日差しもどんどん強くなってくるが、オーストラリアは夏に限らず、太陽光線がとても強い。それが原因の皮膚ガンの罹患率の高さは有名だが、オーストラリアの自然がカラフルに輝いて見えるのは、そのような光線の加減もあるのだろう。  そんな中でひときわ目立ってカラフルに見えるのが鳥たちだ。色もそうだし、種類のバラエティも豊富だ。私はどうも動物や鳥たちに無頓着なまま大人になってしまった人間なのだが、オーストラリアではそんな私でもその存在感のせいか、いやでも鳥たちが目に入ってくる。家の周りを散歩していてもよく目につくので、時々写真を撮ったりもした。そのお蔭で以前は雀と鳩と烏の区別ぐらいしかついていなかった私が、馴染みの鳥は見分けがつき、名前も覚えられるようになった。  そのオーストラリアの野鳥たちの“国勢調査”なるものが10月に行われたそうで、その結果が先月末報道されていた。 »