食のバラエティと選択のバラエティ

    もう10年ぐらい前の話になってしまうが、シドニーから80キロ程南へ行ったところにあるウーロンゴン(Wollongong)という工業都市の大学で私が博士論文に取り組んでいた時、同地にある南半球最大のお寺「南天寺(Nan Tien Temple)」での合宿に参加したことがある。ウーロンゴン大学主催の博士論文執筆のワークショップで、他の大学の博士課程の学生5、6人と二晩程寝食を共にした。

    その時の食事が、お寺だから当然だが精進料理だったことから、食のバラエティの話になり、指導教官として参加していた年配の先生が世界中を見渡してもオーストラリア程各国の料理が食べられる国はない、と誇らしげにおっしゃった。その先生はフィジー生まれの英国系の方で、近年は豪州在住だがヨーロッパでの生活も長く、世界各地を見て来た経験を通しての発言だった。

    確かにウーロンゴンにも中華料理はもちろんだが、ベトナム、タイ、レバノン、トルコ、インド、メキシコ、日本等々各国のレストランが揃っており、これが大都市シドニーやメルボルンになると更に多国籍状態が高まる。しかしながら、食のバラエティと言えば日本だって相当なもの。思わず先生のセリフに、どうだろう?日本もかなりバラエティに富んでいるけど、と言ったのだが、先生は訪日の経験もあり、でもオーストラリア程ではないのでは?と返されてしまった。

    以来、食のバラエティの話になるとその時の会話を思い出し、でもやっぱり日本のバラエティ度も負けてないよなぁ、と思っていたのだが、最近少し違う観点から、やはりオーストラリアの方がちょっと先を行っているのかな?と思うようになった。

    オーストラリアで食事に行くと、仲間内でまず確認し合うのがそれぞれ食事制限はあるのか、ということだ。菜食主義者も結構いるし、特定の食物にアレルギーを持っている人がいることもある。赤い肉しか食べないと言う人もいるし、野菜は火が通ってないと、と言う人も。そして、イスラム教徒の仲間がいれば、当然豚肉は避けることになる。

    オーストラリアの飲食店では、そうした実にバラエティに富んだ食の好みに合わせて食事を選べるメニューを用意しているところがかなりある。「ベジタリアン」というカテゴリーがメニューにないところは珍しく、小麦アレルギーの人対応の「グルテン・フリー」メニューもよく見かける。そして、このようなバラエティの中に「ハラール」がある。

    昨今日本でも注目を集め始めているが、先月ちょうどその「ハラール」についてアラブ・コンサルタントの岩口龍児さんが「毎日メディアカフェ」で「わかりやすいハラール解説講座」をされるというので、日本のハラール事情を知るために足を運んでみた。

    岩口さんはアラブ、そしてイスラムの基礎的な知識の話から始められ、「イスラム法上、合法なもの」を意味する「ハラール」の説明をされた。その過程で岩口さんが触れた「ラマダン(断食月)」「豚は禁忌であること」「ハラール肉(イスラムの教えに則った方法で食肉として処理された肉)」あるいはアラブの代表的な食べ物「ファラフェル」などは、オーストラリアで生活していれば、日常の中で自然に体得する知識だなぁ、という感想を持った。イスラムが日本でよりも日常に食い込んだ形で存在しているからだろう。

    飲食店側がイスラムのお客さんに対して備えなければならないのは、きちんと料理の成分表示をすること。客の側が自分が口にするものを選択しやすい環境を整えることなんだ、ということを岩口さんの話から理解したが、これはイスラム教徒の人たちだけでなく、前記のベジタリアンや食物アレルギーの人たちにも利することである。

    何カ国の料理が食べられるか、というバラエティではなく、多文化、多国籍、多宗教、多信条、多体質に有効な食の選択のバラエティがあること。オーストラリアはそのような面で先進社会なのだろう。2020年のオリンピック・パラリンピックの開催を控え、東京都はシドニーオリンピックの運営ノウハウのみならず、食の場を改善していく方法もオーストラリアから学ぶことが出来るのではないだろうか。

Yoko Harada

原田容子: オーストラリア・ウオッチャー。子供時代の一時期を父親の転勤にてシドニーで過ごす。以来オーストラリアとの交流が続き、2003年にそれまでの会社勤めを辞め、シドニー近郊のウーロンゴン大学に留学。修士号、博士号(歴史・政治学)取得。在メルボルンのディーキン大学で研究フェローを務めた後、2013年帰国。外務省の豪州担当部署に一年勤務。現在は個人でオーストラリア研究を継続する傍ら、大学で教える。