選挙!選挙!選挙!!

    今年のゴールデンウィークもあっという間に過ぎ去ってしまった。季節もここのところ一気に進み、既にTシャツ一枚で過ごす日も。そしてふと気づくと、7月に予定されている参議院議員通常選挙がもう手の届くところまで迫ってきている。
    今回の参院選はいつもより注目され、世間の選挙ムードも早めに高まって行っているように感じる。昨年9月、安全保障関連法制が成立した直後から、その採決の経緯に異議を唱える人たちが、今度の参院選が現政権の是非を問う場の一つとして言及してきたことが一因だろう。また同時に、今回の選挙からこれも昨年法改正されて成立した「18歳選挙権」が適用され、これまで選挙権のなかった18歳、19歳の若者たちが一票を投じることになることもあり、より注目を集める選挙になっている。
    一方で今年に入り米国の大統領選の選挙戦がスタート。最初はジョークとしか思えなかったカラフルな候補者、ドナルド・トランプ氏が共和党の指名を受ける方向にコトがどんどん流れていく状況が日本でも、そしてオーストラリアでも随時報道されている。現時点でジョークがジョークでなくなるかもしれない、というところまで来ているが、この自由奔放な言動のトランプ氏は、ある意味“自由の国アメリカ”の象徴ということも言えるのか…。
    そんな米国の大統領選の状況に目を奪われていたら、なんと今度はオーストラリアが選挙戦に突入してしまった。5月8日、ターンブル首相が、エリザベス女王の代理である総督、ピーター・コスグローブ氏を訪ね、議会の解散を宣言することを依頼。それに基づいて議会が解散された。

議会解散の依頼でコスグローブ総督(左)と会見するターンブル首相
(ターンブル首相のツイッターより)

    今回の選挙で特筆すべきは、これがDouble Dissolutionと呼ばれる上院(The Senate)・下院(The House of Representatives)、両院の同時解散を受けて行われる選挙だ、ということである。通常、上院は議員の過半数を3年毎に改選する方式を取るが、今回は上院の全議員が選挙の対象になる。日本で言うところの衆参両院同時解散・同日選挙、というところか。これは下院を通過した政権党の法案が、上院に2度否決されると使われる手法だそうだ。今回も現在の連立与党が過半数を握っていない上院で否決された法案が数本あり、それらを成立させるために上院の過半数を取ることを目的の一つとして実施される。
    因みにこのDouble Dissolutionによる選挙、今回が豪州の建国史上6回目の実施で、前回の実施は1987年のことなので、そうそう頻繁には起こらない稀なケース。加えて、今回の投票日は7月2日ということで、5月9日からスタートした今回の選挙戦は55日間となり、この50年で最長のものとなる。
    ところで、オーストラリアの選挙制度の中で一つとても注目すべきユニークなことがある。それは投票が全選挙民の“義務”である、ということだ(注:Compulsory voting)。いや、選挙に行くのが義務、というのは日本でも一緒、と思われるかもしれないが、このオーストラリアの“義務”というのは、“強制”という意味に近く、選挙権のある人が投票をしないと罰金を科せられることになっているのだ。
    オーストラリアでは、日本の新しい制度と同様、選挙権は18歳以上の国民に与えられているが、もし投票に行かなければ後々選挙委員会から通知が届き、選挙に行かなかった正当な理由を提示するか、正当な理由がない場合には20ドルを罰金として払わなければならない。更に、期限内に返事をしなかったり、正当な理由を提示出来なかったり、20ドルの支払いを拒否すれば、法廷に持って行かれる。そこでもし有罪となれば、170ドルの支払いをしなければならないのだそうだ。
    この制度のことを初めて知った時、即座にこれは日本に導入しないと!と思った。選挙の度に低調な投票率が話題になる日本。これは私が若い頃からの傾向ではあるが、最近益々低くなっていっている印象である。であれば、オーストラリアのように投票をしなければ罰金、という制度を導入したら少しは投票所に向かう人が増えるのではないか。以前にその話を日本銀行に勤める知人にしたら、それは面白い、新たな政府の財源になるじゃない、と私の発想には全くない角度からの感想を言われて笑ってしまったが、まぁ、いずれの理由にせよ、検討してみる価値はあるのではないか、とずっと思っている。
    ところが、である。毎回90%を越える投票率を達成するこの民主主義の維持に理想的にも見える制度も、完璧ではないのだそうだ。ある時、メルボルンで同僚だった政治学の先生と話していて、オーストラリアの罰金制度は素晴らしい。日本では年々投票率が下がって行っていて、民主主義の根幹が揺らいでいるとも言われている状態。なので、日本にもこの制度が導入出来たらいいのになぁ、と思う、と言ったところ、でも、若い人たちの政治離れはこの国でも実は問題なんだよ、という答えが返って来た。
    どういうことかと思ったら、投票所に持参する選挙委員会からの文書が送られて来るためには、事前に各個人が投票可能者として選挙委員会に登録をしておかなければならないのだそうだが、その登録をしない人たちが増えているのだとか。なるほど…。そのようなからくりがあったのか…。戸籍や住民票が存在しない国なので、自らが名乗り出ないと個人の所在が行政に伝わらないのだ。
    今回の選挙にからんでオーストラリアの情報を追いかけていると、なるほど、そこで「18歳に達し、選挙権が付与された人たちは何はともあれ登録を!」と呼び掛けている。数日前にはオーストラリア労働党(ALP)のメールマガジンでも、登録の呼びかけがあった。

ALPのメールマガジンの一部

    オーストラリア国営放送(ABC)のネット記事でもこのことが取り上げられていて、現在オーストラリアで選挙権のある1550万人の内、95万人が未登録になっていると記載されている。これはかなり大きい数字ではないか。一番登録漏れが多いのは18、19歳の若者の層。先の同僚の先生の話のように、若者の政治離れの側面もあろうが、選挙権を得て間もないので、手順がわかっていない、ということもありそうだ。いずれにせよ、高投票率維持のため、選挙委員会は必死に登録を呼びかけている現状だ。
    さて、今回の選挙、仕掛けた現ターンブル政権に吉と出るのか、凶と出るのか。選挙の行方は、近年経済面のみならず、安全保障面でもオーストラリアと緊密な関係にある日本も要注目だろう。もっとも、たとえ現野党の労働党が政権を奪還しても、対日本政策は、米国にトランプ政権が誕生する程の変化はないだろうけれども。

野党ALPの選挙カー(ジャーナリスト、マシュー・ノットのツイッターより




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Yoko Harada

原田容子: オーストラリア・ウオッチャー。子供時代の一時期を父親の転勤にてシドニーで過ごす。以来オーストラリアとの交流が続き、2003年にそれまでの会社勤めを辞め、シドニー近郊のウーロンゴン大学に留学。修士号、博士号(歴史・政治学)取得。在メルボルンのディーキン大学で研究フェローを務めた後、2013年帰国。外務省の豪州担当部署に一年勤務。現在は個人でオーストラリア研究を継続する傍ら、大学で教える。