清き一票とジュージューソーセージ

    5月18日掲載の「オーストラリア備忘録」に書いたように、7月2日(土)はオーストラリアの連邦政府の上院・下院同時解散に伴う総選挙の日だった。選挙戦が2カ月と長かったことや、例えばボートピープルの受け入れ問題など、オーストラリアにとって非常に重要な問題に関する政策が与野党間でさほど違いがなかったことから今一つ争点がはっきりせず、何となく盛り上がりに欠ける選挙戦だったような印象がある。そして、その選挙戦中のムードを反映するかのように、選挙直後も勝利した陣営のお祭ムード一色に染まり、とはならなかったのである。というのも、通常であれば投票日中に大勢が判明するものなのだが、今回は与野党の得票数がせり過ぎ、正式な結果が後日に持ち越され、勝者がその晩に判明しなかったからだ。
    解散時、下院は連立与党(自由党と国民党)が90議席、野党労働党が55議席だったが(注①)、与党優位の予想に反して労働党が躍進。政権与党が議席数で一番になるにしても、過半数の76議席を取れるかどうかがわからない情勢となってしまった。同夜、何だかすっきりしないモヤモヤ感が漂う中、まずは労働党のビル・ショーテン党首が地元メルボルンで支持者を前に同党の善戦を讃えるスピーチを実施。一方ターンブル首相は日付が変わってからシドニーでスピーチ。選挙前からの星取り予測に従い、まだ勝者が確定していない選挙区の結果も自分たちに有利で、まだ確定はしていないが政権を取ることは間違いない、という強気の内容だった。
    その日は土曜日で、郵便による投票の投票用紙がオーストラリア全土から集計所に集まる火曜日にしか集計が再開されないことが発表され、二日ほど選挙結果が宙ぶらりんのままで過ぎて行くこととなった。そしてそれ以降も、恐らく慎重な集計が続いているのであろう、実はこれを書いている7月9日夜の時点でも、最終の結果は判明していない。(注②)情勢としてはほぼ連立与党がギリギリ76席を確保し、かろうじて政権を維持することになりそうだが、この時期に総選挙を仕掛けて形勢を不利にしてしまったターンブル首相に対する自由党内の空気はどうなのか、などしばらくオーストラリア政治の国内情勢から目が離せない。
    そのような何だかこの日本の梅雨のようにジメジメ、停滞ムード満載だったオーストラリアの総選挙だったのだが、投票日前後に選挙関連のニュースをSNSなどで追いかけていて、何故かソーセージの画像に度々行き当った。どうして選挙に絡んでみんなソーセージのことを発信しているのか?



    遂にはソーセージ屋さんのことをレポートした記事にまで行き当って、気になってよくよく流れて来る情報を見てみたら、なんとそれは投票会場で投票を終えた人に安価で振る舞われるもので、オーストラリアの選挙になくてはならないものだった、ということがわかった。オーストラリアに長年住んでいても、外国人だから選挙権はなく、投票所を覗いたことはなかったので気がついたことがなかった。
    そのソーセージ、いつものバーベキュー・パーティの時にもそうするように、食パンにソーセージと炒めた玉ねぎを挟んで、マスタードとケチャップあるいはバーベキューソースをかけて提供される。ジュージュー焼き立てのソーセージ、ということでソーセージ・シズル(sausage sizzle)と呼ばれるが、元々は何かしらコミュニティの募金活動のために市民が多く人が集まる投票会場で、ソーセージ・シズルや手作りのカップケーキなどを売ったのが始まりだそう。今ではそれを目的に投票会場に赴く人もいるようで、選挙日が近づくとどの投票会場でソーセージ・シズルやカップケーキがいくらで振る舞われるか、などの情報がまとめて流されている。


    みんながソーセージ・シズルの画像をツイートするなどしていたのは、それが投票に行ったよ!という証だったからなのだ。なるほど。投票に行くインセンティブとなっている、というのか…。因みにこれはキャンベラに住む友達が投票場で撮った写真。彼女がGETしたソーセージ・シズルと、投票の証にもらった缶バッチだ。

    このように選挙に少しエンターテインメント性を持たせるやり方は、いかにもオーストラリア、と言う感じがする。投票をして有権者としての権利を行使すると共に、義務を果たし、そして一市民として地域に少し貢献して、お腹も満たす…。これは近年投票率の超低空飛行が続いている日本でも検討してみても良い有権者啓発の一つの方法かもしれない。
    実際今回の参議院選挙に際して、三重県松阪市では今回から投票可能になった18歳、19歳の有権者に投票所へ向かってもらうため、投票済証を商店街に持ち込むとお寿司などが当たるクジと引き換えてもらえる、という企画を実施するらしい。このような“遊び心”が日本の選挙にも広がっていって欲しいが…。
    さて、そのような訳で、ほぼターンブル政権の続投が決まった訳だが、次に国会が召集される時に、この6年間キャンベラの国会議事堂内でファミリアだった顔が一つ消えることになってしまった。

Sunshine Coast Dailyより

    この写真で“将来の有権者”と並んでソーセージ・シズルを手にしているのはクイーンズランド州のロングマンという選挙区から選出されていた下院議員のワイアット・ロイだ。「彼が国会議員?」「まだ学生では?」という印象を持たれた方も多いのではないかと思う。彼は当年取って26歳。日本で言うなら、まだまだ社会人の駆け出し、と言ったところだが、6年前20歳の時にオーストラリア史上最年少で国会議員に当選した人物である。
    高校を出て、大学で政治や国際関係論を学んでいたが、周りが政治に文句を言いつつも、実際にそれを変える行動を起こしている人が少ないことに疑問を抱き、政治は実践をしなければ意味がない、と政界に飛び込んだのらしい。若いながらもなかなか存在感のある人物で、ターンブル政権では産業・イノベーション・科学を担当する省の大臣補佐に任命されて張り切っていた。
    しかし今回勝利の女神は彼には微笑まず、政界を去ることになってしまった。彼の選挙区は最後まで形勢が判明しなかった選挙区の一つで、ロイは8日になってやっと敗北を認めるメッセージをフェイスブックに投稿した。若年層の政治離れが言われている昨今、若くして政治の実践の場に飛び込んだ彼に私は興味があり、その活動に注目していた。それだけに残念な結果になってしまった。
    しかし、26歳なんてまだまだこれから。落選直後に将来の政界復帰の話をするのは如何なものか、とも思うが、20歳で国会議員になってしまったことで経験出来なかった、普通の20歳代の若者の生活感、世界観などを体得して、またいつか今よりも知見を広げて国政に復帰して来ることを期待したい。


注①:議会解散前の下院の議席数(全議席数:150)連立与党(90)、労働党(55)、グリーンズ(1)、独立系(4)

注②:7月10日(日)の午後一番、労働党のビル・ショーテン党首が敗北宣言を行った。集計は続行中で現連立与党が過半数を取れるかどうかはまだわからないが、労働党が連立与党の合計数を上回る可能がなくなり、連立与党が続行して政権を担うことになった。



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Yoko Harada

原田容子: オーストラリア・ウオッチャー。子供時代の一時期を父親の転勤にてシドニーで過ごす。以来オーストラリアとの交流が続き、2003年にそれまでの会社勤めを辞め、シドニー近郊のウーロンゴン大学に留学。修士号、博士号(歴史・政治学)取得。在メルボルンのディーキン大学で研究フェローを務めた後、2013年帰国。外務省の豪州担当部署に一年勤務。現在は個人でオーストラリア研究を継続する傍ら、大学で教える。