多文化社会の二重国籍大騒動

 オーストラリアでは、昨年8月に5年に一度実施される国政調査が行われた。その結果が6月末、統計局から発表された。

2017年6月27日付ABC放送(スクリーンショット)

 ABC放送の報道によると、オーストラリアの人口は23,401,892人。平均的なオーストラリアンは、①女性で、②38歳、③オーストラリア生まれで、④英語を話し、⑤既婚。⑥州都に在住し、⑦週給$622の人、なのだそうだ。
 私もオーストラリアに10年滞在している間に二度国勢調査の対象になったが、オーストラリアの国勢調査は日本のものに比べると、かなり多岐に亘り、細かい項目に答えさせられた記憶がある。特に、出生地(国)はもちろんだが、民族バックグラウンド、宗教、母語、家庭で話す言語などなど、多文化社会オーストラリアの今を捉えようとする質問項目が並んでいた。
 今回の調査結果でも、移民国家オーストラリア、民族多様性の国オーストラリアの特徴がよく表われ、加えてアジア化が進行するオーストラリアの実情がよく伝わって来る。オーストラリアに住む人々の半数は海外で生まれるか、少なくとも両親の内の1人が海外で生まれた人とのこと。その出生国ランキングを見ると、依然として一位、二位を英国、ニュージーランドが占めるが、三位には中国が入り、四位インド、五位フィリピンとアジアの国々が続く。家庭での使用言語も、英語の次は北京語、アラビア語、そして広東語となる。
 このように海外に出自を持つ人々が多数を占め、民族的バックグラウンドも多様なオーストラリアにおいては、国籍を二つ以上持つ人は珍しくない。移民局のホームページを見ると、二重国籍保持者、あるいは三つ以上の多重国籍保持者であることが可能なことが明記されている。私の留学時代のスウェーデン人の友人も、2年前に晴れてオーストラリアの国籍を取得。今は二つの国籍を持ってシドニーで暮らしている。
 そのような二重国籍が珍しくない環境に長らく暮らしていたので、昨年から今年にかけて日本で民進党の蓮舫議員の所謂“二重国籍問題”が騒がれた際には、こんなこと、オーストラリアでは起こり得ない騒動だ、と思っていた。特に彼女のケースは彼女が日本の国会議員であることに何ら問題がなかっただけに、日本には“二重国籍”を持つという状態が、何か怪しいことであるかのように捉える人たちが一定数いることを感じ、そこにこの時代における日本の後進性を感じていた。
 ところが、だ。そんなオーストラリアから、ちょうどその蓮舫議員が自らの“二重国籍問題”について会見をする、とされていた7月18日の朝、ビックリするニュースが飛び込んで来た。オーストラリア・グリーン党の副党首ラリーサ・ウォータース議員が二重国籍であったことを理由に国会議員を辞職する、というニュースだった。

議員辞職の会見をするウォータース議員
(7月18日付News.com.auスクリーンショット)

 それは一体どういうことなのか?と思い、急いでいくつかのネット記事を読んだところ、もう一つ判明したのが、その数日前に同じくグリーン党の副党首だったスコット・ラドラム議員が同じ理由で議員辞職をしていたのだ。
 あぁ、それでだったのか、と思った。実は少し前に、トニー・アボット前首相が「噂好きな人たちへご参考までにだけど…」という嫌味な書き出しで、自分は1993年に英国の国籍離脱をしている、として、それを証明する文書をツイッターにアップしていた。

トニー・アボット前首相のツイート(スクリーンショット)

 超守旧派で知られるアボット前首相。首相在任中には爵位を復活させよう、などと発言し、保守層からも時代錯誤と批判が出たことがある人物だ。当然のことながら、進歩派の人たちの批判の的になっていて、彼が英国生まれであることでまた何か批判を受けているのかな、と思った。それにしても何故今国籍の話なんだろう、と思っていたのだが、どうもラドラム議員の辞職が契機となってのツイートだったようだ。
 しかし、それはそうとして、何故二重国籍であることと、議員であることとが並べられて、問題になっているのか。最初は疑問符ばかりが頭の中を舞ったが、回答はすぐに得られた。なんと、オーストラリアでは、国会議員になる者の要件として、他国の国民でないこと、が明記されていたのだ。しかも、憲法に。
 オーストラリア連邦の憲法第一条44項には、上下両院の議員になれない人の要件がいくつか記載されているが、その中に他国の市民権を持つ者という文言が入っている。二重国籍者の存在が一般的ではない日本においてであれば、そのような規定があっても不思議には思わないが、多重国籍者が決して珍しくないオーストラリアで、外国籍を持つ人は国会議員になれないという規定、それも憲法で決められた規定があったなんて!これは大変な驚きだった。
 その後更に関連の報道から徐々にわかって来たのは、これは正にオーストラリアが英国の植民地であったことの残滓である、ということだった。オーストラリア連邦という国家は、1901年1月1日に英国から独立する形で成立した。そして同日、前年に英国の議会を通過したオーストラリア憲法が発効している。今問題になっている44項は、その時から存在していたものだ。
 ここで一つ複雑なのは、オーストラリアは1901年1月1日に独立国家として国際社会に誕生したが、当時“オーストラリア国籍”はまだ存在せず、オーストラリアの人々は皆英国の臣民だったことだ。(オーストラリア国民が誕生したのは、1948年のことである。)つまり、オーストラリア建国時に発効したオーストラリア連邦の憲法には、英国の目から見て必要な規定が書き込まれていた。結果、議会を構成する議員は英国に不利益をもたらす他国の影響を受けた者であってはならない、ということで、この項目が挿入されたのらしい。

 ここで今回議員辞職を余儀なくされたグリーン党の両副党首のケースに話を戻すと、最初のラドラム議員はニュージーランドでニュージーランド人の両親の下に生まれた。その後9歳でオーストラリアに移住。10代半ばにオーストラリア国籍を取得した。ラドラム議員は、今回この問題が浮上するまで、オーストラリア国籍を取得した時点でニュージ―ランド国籍からは自然に離脱しているものだと思い込んでいた。
 一方のウォータース議員は、カナダでオーストラリア人の両親の下に生まれ、彼女が生11か月の時に両親はオーストラリアへ帰国。その後彼女は一度もカナダへ行ったことはなく、カナダ国籍は21歳になった時点で自然に消滅したと理解していた。それは元々カナダが、21歳時点でカナダ国籍の継続保持を希望する二重国籍者には、その旨の届け出をすることを課していたからだ。ところが、彼女が生まれて直ぐにカナダのその規定が変更され、21歳時点で自ら国籍放棄の手続きをしない限り、カナダ国籍はそのまま残ることになってしまっていたのだ。今回、同僚の議員辞職を受けて自分のケースを調べて示された結果は、彼女にとっては、青天の霹靂であったであろう。
 今回問題になった二重国籍の相手国が、ニュージーランドにカナダ、という、オーストラリアと同じく“英国”という根っこを持ち、現在の世界情勢の中でどう考えてもオーストラリアと敵対するとは思えない国だったのというのは、何とも皮肉な話だ。因みに憲法発効時に想定されていた英国の“仮想敵国”はドイツ、フランス、あるいはロシアといった国々だったのだそうだ。当然のことながら、今となっては、そのような規定は英国にとっても時代遅れであり、とっくの昔に廃止されている規定なのだそうだ。
 オーストラリアにおいて憲法のこの項が問題になったのは今回が初めてではなく、90年代には有名な裁判も行われているようで、時代にそぐわない、国の現状に合わない、という批判的な意見は多く、今回の騒動を受けて、規定を変えるべきだとの意見が再燃している。しかしながら、明文化されているのが憲法なだけに、それを変えるには当然のことながら憲法改正の手続きが必要で、なかなかそこまですぐに辿り着けないらしい。

 実は今回のオーストラリアの二重国籍問題、かなり尾を引き、広がりを見せている。当初ターンブル首相は2人の辞職議員を出したグリーン党に対して、自党の議員の立候補資格を精査していなかった、として、グリーン党の仕事の仕方は信じられない程いい加減だ、と批判していた。ところが、ここに来て、そのセリフがそっくりそのままブーメランとなってターンブル政権に戻ってきている。というのは、7月25日、ターンブル内閣で資源及び北部オーストラリア担当大臣を務めていたマット・キャナヴァン議員が、やはり二重国籍を理由に、大臣を辞職したからだ。

大臣辞職を発表するキャナヴァン議員
(7月25日付ABC Newsスクリーンショット)

 キャナヴァン議員のケースは更に複雑なのだが、彼はオーストラリアで生まれたオーストラリア人だが、彼が25歳の時にイタリアにルーツを持つ彼の母親がイタリア国籍を申請。その際に彼には知らせず彼の分も申請し、付与された、というのだ。今回の騒動を受けて、母親がひょっとしてあなたも…と言い出し、本人の知るところとなったのだそうだ。
 大人なのに本当に本人は知らなかったのか?と疑うメディアもあったが、どうもイタリアは、申請書に申請者の署名があれば、国籍を与えられる人自身の署名がなくても、国籍の付与をするようだ。キャナヴァン議員は、彼のようなケースでも憲法違反になるのか、裁判所に判断を委ね、現時点では大臣は辞任したものの、議員の職には留まっている。

 7月19日付のABCニュースのレポートによると、現在オーストラリアの連邦議会両院には、約20人海外で生まれた議員がいる。(注:オーストラリアの議員数は上院76名、下院150名)今回の2議員の辞職を受けて、それぞれ確認に走ったようで、次々自分は大丈夫、とソーシャルメディアで発表している。先述のトニー・アボット前首相のツイートも、あらぬ疑念の目を向けられないために先手を打ったものだったのだろう。
 確かにこの44項が歴史的に問題になってきたことは政界ではよく知られていたことと思われ、それにも関わらず立候補前に国籍問題をクリアしていなかったのは、“信じられない程いい加減”と評されても仕方がない部分がある。初歩中の初歩の“身体検査”が出来ていなかった、ということなのだから。しかし、キャナヴァン議員のようなケースも出て来ると…。一体どう評すれば良いのか…。
 一般市民が二重国籍であることが何ら問題のない社会、オーストラリアで起こった今回の“二重国籍問題”は、二重国籍の話は相手国の事情もからみ、とても複雑な側面を持つ問題であることを教えてくれる。と同時に、オーストラリア連邦の成立から116年経つが、その国旗に伊達にユニオンジャックがついているわけではない、ということをも示している。

シドニー・ハーバー・ブリッジの上にはためくオーストラリアの国旗
(左はニューサウスウェールズ州の旗。2017年3月12日撮影)

 さて、今回の騒動については、どう収まって行くのか…。まずはキャナヴァン議員のケースに裁判所がどのような判断を下すのかを注目したい。



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Yoko Harada

原田容子: オーストラリア・ウオッチャー。子供時代の一時期を父親の転勤にてシドニーで過ごす。以来オーストラリアとの交流が続き、2003年にそれまでの会社勤めを辞め、シドニー近郊のウーロンゴン大学に留学。修士号、博士号(歴史・政治学)取得。在メルボルンのディーキン大学で研究フェローを務めた後、2013年帰国。外務省の豪州担当部署に一年勤務。現在は個人でオーストラリア研究を継続する傍ら、大学で教える。