オーストラリア炎上【後編】

 一つ前のブッシュファイアーに関するブログを書いてから少し時間が経った。その間に月は変わり、現地オーストラリアでの報道も、新型コロナウイルスに関する件ほぼ一色になってしまった。オーストラリアでは当初水際作戦が効いていて、感染者の数も一桁だったが、ウイルスが世界の各所に広がる中、イタリアやイランからの帰国者や彼らへの接触者の感染が確認されるケースが増えている。
 ここしばらくはスーパーマーケットでのトイレットペーパーの買い占め問題がトップニュースだ。日本でも起こっている現象だが、オーストラリアのスーパーは、そもそも店舗が日本のものと比べると大きく、棚も大きいことから、そこが全くカラッポになっているビジュアルはなかなかインパクトがある。3月13日にはピーター・ダットン内務大臣が感染し、入院したことが発表され、またオーストラリア滞在中の米俳優、トム・ハンクス夫妻も感染が確認され、ゴールドコーストで隔離生活を送っていることが報道された。

トム・ハンクス夫妻の様子を伝える ABC Newsトム・ハンクス夫妻の様子を伝えるABC News(3月13日付、スクリーンショット)

 そんな調子のメディアの発信だが、しかしだからと言って史上最悪のブッシュファイアーが残した爪痕が既に消し去られた、などいうことは、言うまでもないことだが、決してない。ニュー・サウス・ウェールズ(NSW)州の消防局が、同州でこのシーズンの全ての火災が沈下した、と発表したのは3月2日のことである。昨年の7月の初旬に始まったブッシュファイアーは、240日を越える日数各所で燃え盛ったのだ。火は消えても、直接、間接に影響を受けた人々、社会、そして動物や植物など自然環境も、疲弊し切っている。回復には一体どのくらいの年月がかかるのだろうか。

NSW消防局のツイート(3月2日付。スクリーンショット。)NSW消防局のツイート(3月2日付。スクリーンショット。)

 今回日本でこのブッシュファイアーのニュースが大きく報道されるようになったのは、11月頃に火傷をした痛々しいコアラの姿が流れてからだったように記憶している。実際には、コアラほど知られていない小型の有袋類や、ビジュアル的に普段あまり顧みられない爬虫類や昆虫で、オーストラリアの生態系維持に不可欠な生物の被害は更に甚大だと言われている。しかし、やはりコアラのオーストラリアのアイコンとしてのブランド力には叶うものはないようだ。

森林火災の被害を報ずる朝日新聞デジタルの記事(2019年11月9日付、スクリーンショット)森林火災の被害を報ずる朝日新聞デジタルの記事(2019年11月9日付、スクリーンショット)

 そのようなコアラの姿が多々報道される中で日本からも何か出来ないか、募金をするとしたらどの団体にするのが良いのか、という声が、ネット上でもよく見られるようになった。私も所属しているオーストラリア学会では、現地の寄付を募っている団体のリストを作成してメーリングリストで流したり、Facebookに情報を掲載したりした。
 また、日本の動物園でも動きがあった。東京の多摩動物公園は、36年前に日本に初めてやって来たコアラ6頭の内2頭を受け入れた動物園で、今でも立派なコアラ舎を持っている。昨年赤ちゃんが生まれ、現在は3頭を飼育している。他にもカンガルー、エミュなどオーストラリアの動物たちが多く飼育されているが、以前ブログでも紹介したように2016年にタスマニアン・デビルを迎え入れたことが近年のトップニュースだ。
 その多摩動物公園は、オーストラリアのオーストラレーシア動物園水族館協会の求めに応じて、1月頭より園内で募金を始めた。3月31日までの受け付けで、寄付金は同協会の「野生生物保護基金」に渡される。
 つい先日私が訪れた際には、それに加えて、シドニーのタロンガ動物園の関連団体が立ち上げたクラウドファンディング「Wildlife Crisis Appeal」へのサポートの依頼が書かれた看板も並んで置かれていた。

多摩動物公園のコアラ舎の入口に置かれた告知の看板(3月12日撮影)多摩動物公園のコアラ舎の入口に置かれた告知の看板(3月12日撮影)

 一方で、オーストラリアに何らかの繋がりを持つ日本の人たちが、そこここで独自の募金活動を行ってもいた。クラブオーストラリアというオーストラリア好き有志が集まった団体では、フェイスブック上で寄付を募り、チャリティーイベントも開いていた。また、渋谷の「のんべい横丁」を通り抜けた際には、小さなワインバーの窓にこのような表示があるのを見かけた。

Wine Stand Boutteille(1月23日撮影)Wine Stand Boutteille(1月23日撮影)

 このように支援の輪が日本でも広がったブッシュファイアー。もちろんオーストラリアでは早くから多くの募金活動が行われた。テレビやインターネットを通して各地の惨状が詳細に伝えられ、生活の基盤を失った人々、炎から逃げ惑う動物たち、奮闘をするボランティアがほとんどの消防士たちに多くの一般市民が感情移入をした。そして、彼らを救うためにと、募金に応じた人たちは少なくなく、短期間で大きな金額の寄付金を集めた活動が多く現われた。
 そうなってくると、募金活動を巡る負の部分が顔を出す事案がチラホラ出て来てしまった。募金を装って善意の人たちからお金を騙し取る募金詐欺はその一例だが、全うな募金活動を行っている人物や団体にも批判の目が向けられた。
 例えば、先回紹介したチャリティーコンサート「Fire Fight Australia」で司会を務めた、コメディアンのセレステ・バーバーは、思わぬところで募金に纏わる批判に巻き込まれてしまった。

コンサート当日のバーバー(2月16日付、Fire Fight Australiaのツイッターより、スクリーンショット)コンサート当日のバーバー(2月16日付、Fire Fight Australiaのツイッターより、スクリーンショット)集

 彼女はいち早く自らのフェイスブックで寄付金を募るページを立ち上げ、あっという間に51万豪ドルを上回る寄付を集めたことで一躍脚光を浴びた。

セレステ・バーバーのフェイスブック募金ページ(スクリーンショット)セレステ・バーバーのフェイスブック募金ページ(スクリーンショット)

 その行動には賞賛の声が集まっていたが、当初寄付先をブッシュファイアーの状況が最も深刻だったNSW州の消防局の基金、としていたことで話が複雑になってしまった。そもそも3万ドルを目標として始まった募金がその何倍にも当たる額を集めてしまい、そんなに集まったのなら、その後被害が広がった他の州の消防局や、野生動物保護の基金にもお金を回すべき、という声が上がり、彼女自身もそうしたい、という発信をしていた。ところが、寄付金の受取先となっていたNSW州消防局基金は、通常から寄付金をどのように使うかについて厳しい制限を設けられていた。元々が消防局への寄付なので、消防士の装備購入やトレーニングの費用に充てられることが決まっていて、他のチャリティーにお金を回すことは許されていなかったのだ。
 人々の善意で寄せられたお金が正しく使われるように、このような厳しい規定が設けられていることは当然と言えば当然だ。そのような事情からなかなか寄付金を動かせずにいたところ、苛立った寄付者からバーバーに批判が向けられることになってしまった。結局彼女は裁判所に出向いて必要な手続きを取り、寄付金にかけられていた縛りを解くことでこの思わぬ問題を解決しなければならなかった。
 全くの善意で募金を呼び掛けたバーバーにはとんだ災難だったかもしれない。しかし、確かに来る日も来る日も一切合切をブッシュファイアーにやられた人たちや、炎の中を逃げ惑う動物たちの姿をメディアで見せられている市民にしてみれば、なぜあの人たち、あの動物たちを直ちに助けられないのか。そのために寄付をしているのに、という気持ちになるのは充分理解出来る。
 そう言った市民の苛立ちや怒りは、オーストラリア赤十字社や、野生動物の保護活動をしているWIRESという団体にも向けられた。当初から多くの寄付金を集めていた両者だが、そこからなかなか被災者一人一人にお金が落ちて行かないこと、また集められたお金の一部はそれぞれの団体の運営資金などにも回される、という実態が明らかになって、こう言った寄付の受け皿として長年の実績がある団体に対するバッシングも起こってしまった。以後各団体は、それまでより丁寧に細かく、そして回数多く、ネット上で寄付の総額や、そのお金がどのようなプロセスを経て必要な人や組織に渡されるのかなどを発信するようになった。

寄付金の使途を説明するオーストラリア赤十字社のツイート(3月11日付、スクリーンショット)寄付金の使途を説明するオーストラリア赤十字社のツイート(3月11日付、スクリーンショット)

 このような寄付を巡る騒動を横目で見ながら、さて、私自身は今回のブッシュファイアーに対して何が出来るだろう、オーストラリアにどのように貢献出来るのだろう、とかなり悩んだ。まず寄付については、私は以前よりこのような自然災害時の寄付先には、日本にいれば日本赤十字社にすることが多かったので、今回はやはり実績のあるオーストラリア赤十字社が適当か、と思っていたが、熟考の末、今回は一か所は日本とオーストラリアの関係がはっきりわかり、かつオーストラリアのアイコンたちを保護することに寄与する、多摩動物公園。もう一か所は、私が好きなオーストラリアの歌手たちも出演したFire Fight Australiaを選んだ。こちらは、オフィシャルTシャツを購入することで寄付をした。

 加えて、先回のブログで紹介した友人が住んでいる小さいコミュニティ、コバーゴが立ち上げたGoFundMeの基金にも寄付をした。私は赤十字社の寄付金の使用状況になんら異議はないが、今回はお金を受け取る人たちの顔が見えるところを選ばせてもらった。

フェイスブック上で紹介されたコバーゴの募金(1月12付、スクリーンショット)
フェイスブック上で紹介されたコバーゴの募金(1月12付、スクリーンショット)

 もちろん、そうは言っても、私が大した額を寄付出来るわけではない。しかし、その少しずつのお金が積み重なって、少しでもコバーゴが新たに前に進む源になってくれればいいなぁ、と思う。

 この他に私にも出来ることと言えば、やはりまたオーストラリアを訪ねることだろうなぁ、と思う。今回のブッシュファイアーで被害を受けたところには、観光地だったところも多くある。火災の後遺症ですっかり観光客の足が遠のいてしまい、何とか被災を免れ、営業を継続しているお店も商売があがったりになってしまい、困窮しているところも多くあるのだそうだ。そのような地方の町や村を応援しようと立ち上がったチャリティーもある。
 1月に立ち上がり、インスタグラムでの発信を軸に活動を展開し、メディアの注目を集めたEmpty Eskyというチャリティーはそのようなチャリティー活動の一つだ。

Empty Eskyのインスタグラム(1月6日付、スクリーンショット)Empty Eskyのインスタグラム(1月6日付、スクリーンショット)

 Esky(エスキー)というのは、オーストラリア特有の言い方で、フリーザーボックスのことだ。つまり、Empty Eskyとは「空のフリーザーボックス」という意味だ。車のトランクに空のフリーザーボックスを乗せて旅をし、訪れた地の産品を購入してフリーザーボックスを一杯にして戻って来よう!という趣旨だ。その地のものを買って来るだけでなく、現地のカフェやレストランに寄って食事をしても、地元にお金を落とすことになり、それも復興支援の一環だ。Empty Eskyのインスタグラムには、各地の名産品やカフェなどの紹介がアップされ、趣旨に賛同した利用者から、実際に訪れた地から報告の写真が上がる。

NSW州ベリーマのお店の紹介(1月21日付、インスタグラム、スクリーンショット)NSW州ベリーマのお店の紹介(1月21日付、インスタグラム、スクリーンショット)

 運悪く新型コロナウイルスの世界的な蔓延に伴い、日本とオーストラリアの間の行き来も、しばらくしにくいかもしれないが、またいつもの日常が戻って来たら、従来とは違うオーストラリアへの旅をしてみたい気がする。そのためには、長年のペーパードライバー生活を脱しなければならないが。

 最後に、先月開催されたFire Fight Australia。先ほど紹介したように、今もTシャツを買うことで、チャリティーに参加することが出来るが、それに加えて、この度当日の様子を収めた二枚組CDが発売された。こちらも購入することで、それが寄付となる。ポピュラーミュージックが好きで、今回のブッシュファイアーの被害に寄付をしたいと思いつつ、出来ていない人は、是非こちらも一考の価値あり、だ。


 先にも書いたように、今回のブッシュファイアーで大きく傷ついたオーストラリアのあちこちのコミュニティ、あるいは生態系が再生するには、膨大な時間や資金がかかることだろう。私も長期の応援を微力ながら続けて行きたいと思う。

コンサート最後の「You’re the voice」





Read More from this Author

Yoko Harada

原田容子: オーストラリア・ウオッチャー。子供時代の一時期を父親の転勤にてシドニーで過ごす。以来オーストラリアとの交流が続き、2003年にそれまでの会社勤めを辞め、シドニー近郊のウーロンゴン大学に留学。修士号、博士号(歴史・政治学)取得。在メルボルンのディーキン大学で研究フェローを務めた後、2013年帰国。外務省の豪州担当部署に一年勤務。現在は個人でオーストラリア研究を継続する傍ら、大学で教える。