かわいい悪魔

    今月の初め、ツイッターを読むともなく読んでいたら、突然「デビル」の姿が目に飛び込んできた。あら!タスマニアンデビル!!動物好きの友達が多摩動物公園のツイートをリツイートしたものだった。なぜ突然デビル?とよくよく内容を読むと、なんと多摩動物公園にタスマニアンデビルが2頭やってくることになったのだとか!

    コアラ、カンガルー、そしてウォンバットなど、オーストラリアは有袋類王国であることはよく知られているが、名前の通りタスマニア島に生息するタスマニアンデビルも有袋類。何と言うか、犬のような(?)、小熊のような(??)風貌の動物…描写が実に稚拙で恐縮だが…である。

タロンガ動物園のタスマニアンデビル保全センター




    現存する肉食の有袋類の中で一番大型なのだそうで、発する唸り声が“凶暴”に聞こえることから「デビル」と名付けられたらしい。が、これが実際にはなかなかかわいくて。大型、と言っても、小型犬ぐらいの大きさしかなく、何年か前にシドニーのタロンガ動物園で観たデビルは、とにかくひたすら檻の中を一方向に短い脚で必死にグルグル駆け回っていて、その何とも滑稽な姿にすっかり引き込まれてしまった。考えてみれば、あの落ち着きのなさは何かパニクッていたのかもしれない、と今にして思うが、その動きがとっても印象的で、それ以来私は隠れ?デビルファンである。

    そのタスマニアンデビルが日本にやってくる。なんとエキサイティングなニュース!ではあるのだが、しかし、タスマニアンデビルは絶滅危惧種だったのではないのか?それなのに外国の動物園へ?

    タスマニアンデビルは近年種の間で顔の癌である伝染病が蔓延し、急激に個体数が減少。その対策にタスマニア州政府や動物園、研究者などが必死に取り組んでいる様子が度々ニュースで取り上げられていた。それなのに何故海外に送られて来るのだろう。研究や保護活動の努力が実って、多少個体数が回復したのだろうか?

    そのようなことを思い巡らしていたら、今度は在東京のブルース・ミラー・オーストラリア大使がツイッターでデビルがやってきたことをツイート。そして遂には日本の外務省までそのことをわざわざ報道発表し、突然周りが俄かデビルブームになってしまった。今年は日本とオーストラリアが1976年に結んだ「日豪友好協力基本条約」から40周年に当たる年であり、それに引っ掛けてPRされたようだ。

    そこで俄然、絶滅危惧種であるタスマニアンデビルが今回日本にやってきた背景に興味が湧き、多摩動物公園や大使館、外務省の報道資料をしっかり読んでみた。そうしたところ、実はこれも保全活動の一環であることがわかった。

    原因不明の伝染病で個体数を減らすタスマニアンデビルの保全のため、オーストラリア連邦政府とタスマニア州政府が資金を拠出し2003年に「セイブ・ザ・タスマニアンデビル」というプログラムが発足。2013年からは、世界にもデビルの危機的な状況を知ってもらうのと、この伝染病が存在していない地域にデビルを送ることで、病から守られた個体群を形成することを目的に、種の保全プログラムに関心の高い海外の動物園にデビルを送り出すようになったのだそうだ。このプログラムは「タスマニアンデビル親善大使プログラム」と呼ばれ、今回多摩動物公園がアジアの動物園で初めてそのプログラムの下でデビルを受け入れることになったのだとか。

    なるほど。保全活動というと、知識の乏しい私には、内に囲って、大事にし、繁殖する、というイメージしかなかったが、そもそもの生息地から、そして他の個体から引き離すことでその種を守る、という手法もあるのか。

    今回やってきたのはメス2頭。名前は「マルジューナ」と「メイディーナ」。それぞれ先住民の言葉で「星」「影」という意味なのだそうだ。「星」「影」と聞くと、「星影のワルツ」を連想するのは、私がある一定の年齢から上の人間であることの証明なのかもしれない…。

    それはともかく、日豪関係、日豪連携、というと、通常は経済、そして昨今では安全保障の面で捉えられるのが常だ。しかしこのような協力が、成熟した二国間関係の本当の形であるように私は思う。

    寒いタスマニアからやってきたデビル。この亜熱帯的な東京の夏に負けることなく(きっと空調完備のデビル舎で飼育されるのだろうなぁ、と思うが)、元気にこの地で成長していくと同時に、他のオーストラリアからの動物たちと共に、多摩動物公園を訪れる人たちが更にオーストラリアの理解を深めるきっかけになってくれればいいなぁ、と思う。

    さて…。隠れデビルファンとしては近い内に多摩動物公園へ出かけてみたいところだが。付き合ってくれる奇特な友達は果たしているだろうか?

【参考】
●「セイブ・ザ・タスマニアンデビル」プロジェクトのウェブサイト:
http://www.tassiedevil.com.au/tasdevil.nsf
●東京ズーネットのタスマニアンデビル情報:
http://www.tokyo-zoo.net/topic/topicsdetail?kind=&inst=&linknum=23634



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Yoko Harada

原田容子: オーストラリア・ウオッチャー。子供時代の一時期を父親の転勤にてシドニーで過ごす。以来オーストラリアとの交流が続き、2003年にそれまでの会社勤めを辞め、シドニー近郊のウーロンゴン大学に留学。修士号、博士号(歴史・政治学)取得。在メルボルンのディーキン大学で研究フェローを務めた後、2013年帰国。外務省の豪州担当部署に一年勤務。現在は個人でオーストラリア研究を継続する傍ら、大学で教える。