登るか、登らないか…それはそもそも問題か?

    今週初め、オーストラリア国営放送(ABC)のオンラインニュースを見ていたら、「ウルル登山騒動(Uluru climb controversy)」という記事が目に入って来た。何でもアダム・ジャイルズ・ノーザンテリトリー(北部準州)首相が州議会でウルルへの登山を許可した方がメリットがあるのではないか、と言ったことに対し、人々がソーシャルメディアなどで批判している、という内容だった。
    ウルル、と言っても日本の人たちは余りピンと来ないかもしれないが、エアーズ・ロック、と言えば、あぁ、と思う人は多いのではないか。そう、地球のおヘソとも、世界の中心(?)とも言われる、オーストラリア大陸中央に位置するあの赤い巨大な「岩」、ロックのことである。

    高さ348メートル、外周9.4キロの一枚岩だが、地上に見えているのは“氷山の一角”で、地中25キロ・メートルの深さまで及んでいるとも言われている。一枚岩としては世界で二番目に大きな岩なのだそうだ。(注①)     私はもう20年以上前に一度だけウルルに行ったことがある。その時は日本の企業に勤めていたが、頑張って?無理矢理?2週間の休みを取り、シドニーからアデレード、アデレードからアリス・スプリングス、そしてアリスからウルルへと向かった。まだウルルをエアーズ・ロック、と普通に呼んでいた時代である。     今回これを書くに当たり当時撮った写真を“発掘”して見ていて、シドニーからアデレードまで電車とバスで行ったという全く忘れていた事実を思い出し、またアデレードからアリス・スプリングスまでは、まだダーウィンまで繋がっていなかった大陸縦断鉄道、ザ・ガン(The Ghan)に乗ったことを懐かしく思い出した。

    ウルルへは現地のツアー会社が主催する一泊二日の旅にアリスで申し込み、向かった。アリスからウルルまではバスで5時間ぐらいだっただろうか。途中ラクダに乗せてもらうなどしつつ、ウルル着。

    周辺を散策。ウルルの隣りにあるカタ・ジュタ(注②)にも足を延ばした。そして2日目の早朝、ウルルに登る予定になっていた。

    ところが、なんと二日目、起きるとにわか雨が。ツアーガイドさんがこの時期(2月)にここで雨が降るなんて、と驚いていてかなり異例の出来事だったようだが、雨に濡れると岩が滑って登るのは危険、ということで、ウルルの麓まで行ったけど、結局岩には登らずに終わってしまった。

    そこまで行っていて残念!と言えば、そうだったのかもしれないが、何故か私はその時、何となく登れなくって良かった、という気持ちになった。結構体力勝負、とも言われていたので助かった、という気持ちもあったし、同時にその頃この岩に登ることの是非が言われ出していたのを知っていたからでもあった。
    そうこうしている内に、エアーズ・ロック登りが禁止される、という話が聞こえて来た。岩がエアーズ・ロックからウルルと呼ばれるのが主流になったのもこの頃だったか…。(注③)ウルルは…というより、オーストラリアの大地はそもそもヨーロッパ人がやってくる前からそこに暮らしていた先住民たちに属していたもので、先住民の土地権利への認識が高まっていく流れの中で、彼らに属し、彼らにとって神聖な存在である「岩」に登るのは控えるべきだという声が高まったのだ。
    とは言え、岩登りを全面禁止する、という措置ではなく、出来るならば先住民の意志を尊重して登らないで欲しい、と“お願い”をする形に留まり、それからも登る観光客は後を絶たない状況が続いている。しかし、どうも21世紀に入ってから、やはり全面禁止にしては、という意見も出て来ていたのらしい。
    そのような時に飛び出したジャイルズ首相の発言。炎上するのは当然で、ウルルに登ることとシドニーのハーバー・ブリッジに上ることを同列で述べてみたり、ウルルはエッフェル塔より高くって登り甲斐があるとか、岩登りを全面的に開放して観光客が増えれば、雇用創出に繋がり地元にメリットがあるなどと言ってみたり、どこかポイントがずれている。そもそもそのような発言をする前に当事者である先住民の人たちに相談するべきではないのか。
    大体、所有者が登らないで、と言っているのに、未だに登る人たちが多くいることが私には理解出来ない。今回首相の発言を批判している声の中に、自分の家に勝手に他人に入られ、あちこち見られ、写真を撮られたりするのは普通不快じゃないか?というものがあったが、その通りではないか。ましてやその地がそこの民にとって神聖な場所であれば尚更である。そのような場所に土足で踏み入れられたくないのは、どんな民族、文化でも、いやどんな一個人でも同じなのではないかと思う。
    加えて言えば、ウルルを中心とするオーストラリアのど真ん中のあの一帯は、例えウルルに登らなくても充分訪ねるに値する地である。360度、ほぼ真っ平な土地に、ポツポツと出現する奇石たち。写真で見慣れたウルルも、実際に行ってみると案外平たい恰好をしていることを発見したり、普通は正面からの絵面ばかり見せられているが、岩の裏側に周り岩の違う表情を見ることが出来たり、アボリジニのロックアートを見られたりもする。

    そして何よりそのだだっ広い空間に立つことによって、何万年にも亘ってその地に暮らして来たアボリジニの人たちの世界観をほんのちょっとでも体感出来たような気持ちにさせられる。正に神聖なるものを感じる、というのか。
    この問題に関してTo climb or not to climb, that is the question、というブルータス的な悩みは存在しないのだ、と私は思う。そもそも選択の余地などないはずなのだから。


Solid Rock (by Darlow featuring Shane Howard)(注④)



注①:世界一は同じくオーストラリア、西オーストラリア州のマウント・オーガスタ。
注②:英語名はマウント・オルガ。
注③:1993年からアボリジニの名前ウルルを英語名エアーズ・ロックと併記し、エアーズ・ロック/ウルルと記載。2002年からはウルルが先に表記され、ウルル/エアーズ・ロックとなっている。
注④:Solid Rockとはウルルのこと。この曲は1982年に発表された Goanna(オオトカゲ)というバンドの曲のリメイク版。2013年、若手アーティスト、スコット・ダーロウがこの曲の作曲・作詞者でGoannaのリーダーだったシェーン・ハワードの参加を得て、発表。30年以上経っても深いメッセージ性を持つ曲である。



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Yoko Harada

原田容子: オーストラリア・ウオッチャー。子供時代の一時期を父親の転勤にてシドニーで過ごす。以来オーストラリアとの交流が続き、2003年にそれまでの会社勤めを辞め、シドニー近郊のウーロンゴン大学に留学。修士号、博士号(歴史・政治学)取得。在メルボルンのディーキン大学で研究フェローを務めた後、2013年帰国。外務省の豪州担当部署に一年勤務。現在は個人でオーストラリア研究を継続する傍ら、大学で教える。