クッキーモンスター vs. ビッキーモンスター

 この「オーストラリア備忘録」、今回で連載35回目となったようだが、そう言えば、これまでオーストラリアの英語の話を書いたことがなかった。オーストラリアの特徴を語る時に、よく出て来る話なのに。
 オーストラリアに住んでいた、という話をすると、日本の人たちからオーストラリアの英語ってクセがあるでしょ?とか、わかりにくいでしょ?とか、訛りがあるよね?などと言われることがよくある。オーストラリアからの客人を迎えるようなシチュエーションでは、あからさまに嫌そうな…というか、困った顔をする人たちも何人も見て来た。確かに日本の英語教育はかなり米国寄りなので、それをスタンダードとすると、少々聞き慣れない音が耳に入って来ることが多々あるのは事実だ。
 よく言われるのは、「エイ」の音が「アイ」になる、ということだ。その話をする時に必ずと言って良いほどよく使われるエピソードが、あるオーストラリア人がどこかのレセプションでスピーチを行ったところ、いきなり「アイ ケイム ヒア トゥ ダイ」(私はここに死ぬためにやって来た)と言って会場一同がビックリした、というものだ。実際に彼が言ったフレーズは「I came here today …」(私は今日ここにやって来た…)だったのだが、最後の「today」を「トゥデイ」ではなく、「トゥ ダイ」と、dayを「ダイ」と発音したところから起こった誤解だった、という小話だ。
 実際この他の場面でも「エイ」が「アイ」に聞こえることは多い。オーストラリア英語のフレーズで有名なのが「G’day mate!」(G’dは、Good day。Mateは友達の意で、こんちは!とか、ハロー!くらいの意味)だが、これは「グッダイ マイト」となる。数字の「8」が「アイト」に聞こえることも。国営放送のABCで、アナウンサーが「This is ABC News.」などと自局名を口にする時に、ABCが「アイ ビー シー」と聞こえることもある。
 これはABCのニュースチャンネルで朝の番組の司会を務めるジョー・オブライエンだが、彼の「A」の発音は、「エイ」の音が強いタイプだと私は思うのだが、どうだろう。

 この「エイ」が「アイ」に、という“おかしな”発音以外にも、オーストラリア英語にはいろいろと特徴がある。私は、大学時代に単位を落として再履修をしなければならなかったほど言語学が苦手なので、ここでオーストラリア英語とは、という体系だった話をする能力は持ち合わせていない。が、自分の体験談から言えば、例えば、アルファベットの「I」(アイ)の音は、インドの「I」ように「イ」と発音されることが多いが、オーストラリア英語では「エ」に近くなることもある。その昔シドニーに住んでいた時の住所が「8 Ilford Road」だったのだが、これを「エイト イルフォード ロード」と発音するとタクシーの運転手さんがわかってくれない、「アイト エルフォード ロード」と言わなくちゃならない、と誇り高き昔の英文科出身の母がよく嘆いていたのを思い出す。
 とは言え、みんながみんなそのようにオーストラリアン・アクセントと称されるアクセントで話すか、というと、そうでもない。人によって強い弱いはあるし、特に感じない人たちもいる。以前、小学校の時にオーストラリアの現地校に通っていた友達に、オーストラリアン・アクセントが身についちゃった?と聞いたところ、学校ではスタンダードの英語を習うから、ああいう(アイが強いような)アクセントはつかないんだよ、と言われたことがあった。なるほど。そこで彼女が言っていたスタンダードの英語というのが、なんであるかを聞きそびれしまったが、何となく地方在住の人や出身の人たちにその特有のアクセントが強いように感じるので、各所から人々が集まる都会で地方色を排除して話されている英語なのかなぁ、と想像する。日本にも標準語があるように。
 そのアクセントがオーストラリアのアイデンティティになっているところもあって、政治家などは強めにオーストラリアン・アクセントが出る人が、おらが村のヒーロー的な感覚で、そのことのために人気があるようにも思う。また、故意にアクセントを少々強めに出しているのかな?と感じる政治家もいたりする。
 これは、1983年にオーストラリアが初めてヨットレース、アメリカズ・カップを制し、国中が喜びに沸いていた際に当時のボブ・ホーク首相が発した言葉だ。聞き取れるだろうか?

そうそう、言い忘れたが、オーストラリア人の日常会話のスピードは半端なく速い。きっとそれもオーストラリア英語をわかりにくくしている原因の一つなのだと思う。
 そして、これは、今のターンブル首相が今年の初め、ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相を自国に迎えて行った共同記者会見の一部の模様だ。

厳しい内容にしてはなかなか和やかな雰囲気だが、これを聞くと、ニュージーランド英語の発音の方に、私は興味が引き付けられてしまうが…。

 このように聞き取りにくい、と日本の人たちには不評のオーストラリア英語だが、そもそも多文化国家のオーストラリアでは、オーストラリア、イギリス、アイルランド、スコットランド、米国、ニュージーランドなどなど、いろいろな英語に出会う。加えて、そこに種々雑多な英語母語でない人たちが英語をコミュニケーションツールとして暮らしているので、本当に多様な“英語”に日常的に出くわすことになる。何がスタンダードだとか、あの人の英語にはアクセントがあるとか、ないとか、細かいことを言っている場合ではない、というのが実態だ。
 どういう英語が聞き取りにくいかは、多分人それぞれなのだと思う。私は、カナダの東海岸寄りの英語が最初に入り、その後にオーストラリア英語が積み上げられて行った人間だが、やはりカナダの人の英語は今でも聞きやすいし、オーストラリアの英語も自然に入って来る英語だ。そんな私は、却って、日本ではスタンダードと言われる米語が、聞き取りにくく感じることがある。これも一部の米語、という但し書き付きだが。
 そして、やはり苦労するのは、英語が母語でない人たちの英語である。正直、同胞の日本人の英語にも、単語をブツブツ切る人が多いからなのか、私は聞き取りに苦労するのだが、留学生時代に困ったのは、タイ人、フランス人、インド人、マレーシア人の英語だった。特にタイ人の英語は私にはわかりにくく、一度タイ人の友達がクラス内でプレゼンをした時に、最初から最後まで英語が入って来ずに、愕然としたことがあった。
 そんなわからない英語でプレゼンされても…と、かなり上から目線のことを思ったりしたのだが、しかし、その学生のプレゼンテーション終了後、それを黙って聴いていた講師のオーストラリア人の先生が、何事もなかったかのように、彼女のプレゼン内容について質問をしていたのを聞いて、あ、と思った。要は、聞き取れなかったのは彼女の問題ではなく、私の問題だったのではないか、と。
私を含む日本語を母語としている人たちは、アクセントのある日本語を、日本語母語でない外国人に話しかけられても、きっといろいろ想像を巡らし、何となく意味を取ることが出来るだろう。それと同じである。だから、オーストラリアの英語は訛りがあるから聞き取りにくい、などと言うのは、少々(かなり?)失礼な話で、聞き取れないのは、慣れ、及び自分の英語力の問題だ、と思った方が良い、と私は思っている。自戒を込めて。

 そのようなオーストラリア英語の特徴の中で、発音以外に一つ際立っているのが、名詞の最後に「イー」の音を持って来て、単語を縮めたり、カジュアルなニュアンスに変えたりして使うことだと思う。わかりやすい例は、日本でも耳馴染みがあるであろう「オージー・ビーフ」の「オージー」だ。これはAustralianを短くしてAussie、としたものだ。(因みに、実際の音は、オージーではなく、オジーと聞こえる。)地名だと、タスマニアはTassie(タジー)、ブリスベンはBrissie(ブリッシー)だ。
 このオーストラリア英語の傾向、というか、クセに私が初めて気がついたのは、もう何年も前、オーストラリアの友達が彼女の子供に向かって発した「hankie」(ハンキー)という言葉でだった。一瞬何??と思ったが、何のことはない、handkerchief、ハンカチのことだった。へぇ、ハンキ―って言うんだ!と妙に感心した思い出がある。これは子供に対してだったから、と最初は思ったが、実はこの単語の末尾の「イー化」(勝手に命名)は、日常の大人の会話の中でも頻発することに徐々に気づいた。
よく聞くのは、brekkie(ブレッキー)。何のことかおわかりだろうか。これは、朝食(breakfast)のことだ。

Barbie

 オーストラリア人の最大の娯楽の一つのバーベキューはbarbie(バービー)。

写真②

フィッシュ&チップスのチップスはChippy(チッピー)。(オーストラリアではフライドポテトのことは、チップス、と言う。)

Cabbie

 Cabbie(キャビ―)はcabから来ていて、タクシーのこと。

truckie

Truckie(トラッキー)はトラックの運転手さん。Sunnies(サニーズ)はサングラス。Uniは、ちょっと最後の「イ」の伸びが足りないが、universityのことで、読み方は「ユニ」。雲丹ではないので、念のため。
 Pokies(ポーキーズ)はpoker machines(ポーカー・マシーンズ)。賭けスロットマシーンのことで、まぁ、日本のパチンコと同じようなカテゴリーのゲーム機だ。Bikie(バイキー)は、日本で言うところの暴走族か。バイクに乗ったギャングたちのことを指す。
 フットボールはfooty(フッティー)。因みに、オーストラリアでは、フットボールはサッカーではなく、オーストラリアン・ルールズ・フットボールかラグビーのことを指すことが多い。
 クリスマスだって縮められてChrissie(クリッシー)だ。そして、そのChrissieに用意するのは、pressie(プレジー。Prezzieとも書く)。そう、これはプレゼントのことだ。
 郵便配達人postmanはpostie(ポースティ)。あのカーペンターズ(と言っても、彼らを知っている読者がいるのかどうか自信がないが…)でヒットした「Mr Postman」は「Mr Postie」となってしまうのか…。
 とにかく一事が万事こんな感じだ。カジュアルに、そしてわざと幼児の言葉のように単語を短くするクセがオーストラリア英語にはある。

 さて、そんな「イー化」の英語の国オーストラリアへ、先日あの「セサミストリート」のクッキーモンスターがやって来たらしい。チョコチップのクッキーが大好きなクッキーモンスター。私もチョコチップクッキーには目がないし、面白いのでクッキーモンスターのツイッターやフェイスブックをフォローしているのだが、つい先日、見慣れたメルボルン市内の景色を背景に、もう一人の「セサミストリート」のキャラクター、アビー・カダビーと写真に収まるクッキーモンスターを発見!番組のためだったのだと想像するが、オーストラリアを訪れたらしい。

Cookie Monsterのツイッターより(2018年6月15日付、スクリーンショット)
Cookie Monsterのツイッターより(2018年6月15日付、スクリーンショット)


 そのクッキーモンスター、オーストラリアにも美味しいクッキー、あるかなぁ?見つけたら報告するね、とコメントしていたが、そのコメント「Me wonder if they have good cookies here.」に突っ込みどころが2つ!1つは、オーストラリアでは、クッキーではなく、あの焼き菓子のことはビスケット、と呼ぶのだ。もちろん、クッキーが通じないわけではないが、例えばオーストラリアからのお土産で人気があり、日本でも時々海外輸入食料品店で扱っているTim Tamにも「ビスケット」と記載されている。

ビスケット9枚入り、と記載されているTim Tam のパッケージ
ビスケット9枚入り、と記載されているTim Tam のパッケージ


 そして、そのビスケットは「イー化」をされて「bikkie」(ビッキー)となるのだ。従って、クッキーモンスターは「チョコレートビスケット」…もっとAussie的には「美味しいビッキーはあるかな?」と聞かなければならなかったのだ!
 クッキーモンスターとアビーは、メルボルンでは美術館などを訪れた後、北上してシドニーへ。

Cookie Monsterのツイッターより(2018年6月20日付、スクリーンショット)
Cookie Monsterのツイッターより(2018年6月20日付、スクリーンショット)


テレビ出演も果たして、ブリスベン入り。有名動物園、オーストラリア・ズーを訪問したのだそうだ。

Sesame Streetのツイッターより(2018年6月23日付、スクリーンショット)
Sesame Streetのツイッターより(2018年6月23日付、スクリーンショット)


 楽しい時間を過ごしたように写真からは見受けられるが、果たしてクッキーモンスターは満足出来るクッキー…もとい、ビッキーに、オーストラリアで巡り合えたのだろうか。

Sesame Streetフェイスブックより(2018年6月23日付、スクリーンショット)
Sesame Streetフェイスブックより(2018年6月23日付、スクリーンショット)


 さて、今回は最後にクイズを出そう。以下の「イー化」された単語。元々の単語はなんでしょう?

① mozzie(モジー)
② telly(テリー)
③ budgie(バッジ―)

 回答は、次回…。



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Yoko Harada

原田容子: オーストラリア・ウオッチャー。子供時代の一時期を父親の転勤にてシドニーで過ごす。以来オーストラリアとの交流が続き、2003年にそれまでの会社勤めを辞め、シドニー近郊のウーロンゴン大学に留学。修士号、博士号(歴史・政治学)取得。在メルボルンのディーキン大学で研究フェローを務めた後、2013年帰国。外務省の豪州担当部署に一年勤務。現在は個人でオーストラリア研究を継続する傍ら、大学で教える。