シドニーのアイコンの丸ビル

 どうして人間は高いところに上りたがるのだろう。以前に「登るか、登らないか…それはそもそも問題か?」のブログで書いたように、世界の中心とか、地球のヘソ、とも言われているウルルに、地元の先住民の人たちが登らないで、と言っても、登る、という選択をする人は後を絶たない。眺望が良いのはもちろん。そして、何か征服感があるのかな、と想像する。
 私は、と言えば、あまり高所へ上ることにはこだわりがない。高所恐怖症だ、ということではない。展望台のあるところは混むところが多いので、何となく苦手、わざわざ行く必要もない、という感じだろうか。そんな訳で、東京タワーには子供の頃祖父母に連れられて行ったことがあるが、それっきりだし、スカイツリーに至っては未だに展望台には到達していない状態だ。
 と、書いていて、ふと、ひょっとして私が展望台にこだわりがないのは、会社勤めをしていた頃に高所から“下界”を見下ろすことに慣れてしまったからかもしれない、と思い至った。特殊な仕事をしていたのではない。単に当時勤めていた会社があったのが、当時日本で一番高かった池袋のサンシャイン60ビルで、私は毎日その48階で働いていたのだ。高所からの東京の光景が日常化してしまったことが、私が“高所登頂”に淡泊な理由かもしれない。
 このように高所とは縁遠い私だが、ここ数年オーストラリアからの客人の付き合いで、展望台に上る機会が何度かあった。彼らもご多分に漏れず、高い所に上りたがる。そのような要望に応えるのに重宝しているのが、東京都庁の展望台だ。この5月にやってきた一行も、宿泊場所が新宿だったこともあり、早速都庁へ連れて行った。あそこは有名ではあるので穴場、とまでは言えないかもしれないが、それほど混雑していなくて、アクセスもしやすい。そして何と言っても無料、というのが魅力だ。

都庁の展望台から横浜方面を臨む(本年5月撮影)

 友人たちはただただどこまでも家やビルがビッシリ建ち並ぶ様子に、息を呑んでいた。その時に一行の一人が言ったのは、あまりにも高いところへ上ってしまうと、建物の高低がわからない。このくらいのところだと、それがわかって却って面白い、ということだ。なるほど。やはり都庁の展望台は東京のイチオシ展望台かもしれない。

 では、皆さんはシドニーへ行ったら、シドニーを一望するのにどこへ上るだろうか?やはりシドニー・タワーだろうか?

(黄色い矢印=シドニー・タワー。2014年11月撮影)

 今回、このブログを書きつつシドニー・タワーのサイトを検索したところ、2011年に正式名称はシドニー・タワー・アイ(Sydney Tower Eye)となったらしい。そして展望台の外に出て、外気に触れつつ、シドニーの最も高いポイントから町を眺望する、という「SKYWALK」というツアーも設定されているのだとか。

 また、シドニー湾のアイコン、ハーバーブリッジを上って行って、橋のてっぺんからシドニーを臨む、という選択肢も最近では観光客の間で定着したようだ。

PRビデオ「Which climb is for you?」

 しかしながら、シドニーの展望台と言われて、真っ先に私の頭に浮かんでくるのは、そのいずれでもない。私がパッと思いつくのは、「オーストラリア・スクエア」ビルだ。そう聞いて、はい、はい!とピンと来る人はどのくらいいるのだろうか。“スクエア・ビル”。名前の通り、丸い形をしたビルで、シドニー中心街の「ウィニヤード」駅にほど近いところに建っている。

(2015年7月撮影)

 実は1970年代にシドニーに住んでいた時は、高い所からシドニーを臨む、と言うと、オーストラリア・スクエアの展望台に行くことだった。それが…いつ頃のことだったか…恐らく1990年代になる頃かと思われるが、その展望台が閉鎖されてしまったのだ。と言うのは、シドニーも徐々に高層ビル化して行き、オーストラリア・スクエアよりも高い建造物が周辺に沢山建ってしまった。結果、オーストラリア・スクエアからの眺望はそのビルたちに遮られることになってしまったのだ。また1981年にはシドニー・タワーもオープンしていて、オーストラリア・スクエアはシドニーの展望台としての地位より滑り落ちてしまっていたのだ。
 最近、1969年に発行されたシドニー日本人会会報「こあらべあ」を手にする機会があったのだが、それにちょうど当時のオーストラリア・スクエアとその周辺が写っている写真が掲載されていた。

1969年7月に発行されたシドニー日本人会会報「こあらべあ」より

 これを見ると、あきらかにオーストラリア・スクエアは、シドニー市内で断トツで高い建物だが、それから40年の月日が経った今のシドニー中心部の高層ビル街の姿を見ると…。

(2014年11月撮影)

 赤い矢印が指し示しているところに小さく見えるのがオーストラリア・スクエアだ。この二枚の写真に、シドニーの歩んで来た50年弱の歩みが見て取れる。

 このようにすっかり高層ビル群の中で埋もれてしまったオーストラリア・スクエア。10年ほど前にウーロンゴン大学で一緒だった若い日本人留学生のサヤカちゃんとしゃべっていて、ふとオーストラリア・スクエアのことに触れたことがあった。そうしたところ、サヤカちゃんはオーストラリア・スクエアなんて聞いたことないし、丸いビルに気づいたこともないと言う。高層ビルに埋もれてしまっても、私にとっては永遠のシドニーのアイコンなのでちょっとショックだったが、時の流れってそんなものなのかなぁ、としみじみと思ったものだ。
 それから何年か経って、サヤカちゃんは大学を卒業して、シドニー市内で働き始めていた。ある時、昔のウーロンゴン仲間数人で食事をしよう、ということになり、私もシドニー市内へ出て、まずはサヤカちゃんと落ち合った。みんなとの待ち合わせの時間までまだ少し時間があったのだが、サヤカちゃん、最近出来たお洒落な人気バーがある。そこで一杯飲んでから目的のレストランに行かないか、と言う。もちろん!ということで、サヤカちゃんに連れられて、そのバーに向かった。ウーロンゴンのような郊外に住んでいると、なかなかシドニーのトレンディな場所へ出掛けることはないから、どんなところなのだろう、といろいろ想像を巡らしながら付いて行ったところ、なんと、到着したのはオーストラリア・スクエアだった!
 昔、オーストラリア・スクエアの中には展望台の下の階にフロアが回転する展望レストランがあったのだが、どうもそのフロアにオープンしたバー&レストランらしい。サヤカちゃんに、ここのことだよ、私が前に言ってた丸ビル、って!と言って笑ったのは言うまでもない。
 このビルに足を踏み入れるのは何十年ぶりだろう、と少々ワクワクしながら47階にある「O Bar and Dining」へ。なんだかエラク気取ったウエイターたちが、エラク気取った応対をしてくれる、エラク気取ったバーだったが、確かに高いビルに囲まれてはいるが、その合間からシドニー湾も見えて、充分お酒を飲みながら楽しめる空間で大満足だった。
 もうすっかり廃れてしまったのではないか、と思っていた昔のシドニーのアイコンが、全く新しいコンセプトで若い人たちの間でクールなスポットとして愛でられているのが、なんともおかしく、また嬉しい瞬間だった。シドニーに行く機会があったら、是非オーストラリア・スクエアを訪れてみて欲しい。シドニーの目抜き通りのジョージ・ストリートに面しているし、この威容だ。少々背は低いが、すぐに見つかると思う。

Yoko Harada

原田容子: オーストラリア・ウオッチャー。子供時代の一時期を父親の転勤にてシドニーで過ごす。以来オーストラリアとの交流が続き、2003年にそれまでの会社勤めを辞め、シドニー近郊のウーロンゴン大学に留学。修士号、博士号(歴史・政治学)取得。在メルボルンのディーキン大学で研究フェローを務めた後、2013年帰国。外務省の豪州担当部署に一年勤務。現在は個人でオーストラリア研究を継続する傍ら、大学で教える。