主導権を握れ!-電力自由化時代の小市民

    この4月1日から、電力の小売りが自由化された。私はオーストラリア在住時に体験をしていて、日本の事情と比べていろいろ考えさせられた。それだけに、遂に日本にもその日がやってきたか!と少し興奮している。

    ちょうど5年程前、私はそれまで居住していたウーロンゴンという街から、メルボルンへ引っ越した。慣れない土地での家探しに苦労したが、その時初めて自らガス、電気、水道会社を選ぶ立場に立たされた。どうしたものか、と思っていたところ、そういったインフラ系の契約に電話とインターネットを加え、まとめて契約の面倒を見てくれる「接続屋さん」とでも言える業者さんを不動産会社が紹介してくれた。接続屋さんが指定するサービス提供会社と契約することになり、選択の自由はなくなるが、それぞれの会社に連絡をする煩雑さから開放される。


    そうやって新居の手当ても整い、やっと落ち着いたかなぁ…という頃に、家の電話、そして時には携帯電話にセールスの電話がかかり出した。電気やガスの別会社への乗り換えの営業である。皆一様に我が社に乗り換えるとこれだけお得だ、という内容。本当にお得な話なのかもしれないが、度重なると段々煩わしくなってきた。接続屋さんがアレンジしてくれた会社のサービスに何か不満があったわけでもないし…。

    この営業攻勢、客の奪い合いが「自由化」の弊害だなぁ、などと思っていたところ、ある日、エネルギー会社O社の2人の若い営業マンが直接家を訪ねて来た。内容は電話でのセールスと同じだが、目の前でとにかく押し売り的強引さでまくし立てる。iPadで地図を示しつつ、あなた以外周りのお宅は皆我社のお得な割引プランに入っている、我々と契約していないあなたは損をしているんだ、と力説。

メルボルンで住んでいた家の玄関先

    かなり長い時間玄関先で押し問答、というよりも先方の話を聞かされていたが、最終的には向こうが私の名前や住所をその場で記入したO社への申込書を提示されて、はい、あとはここにサインすればいいから。10日間のクーリングオフもあるから、大丈夫、と言われた。

    いやいや、英語は私の第一言語じゃないから、その割引プランのことを正しく理解しているかどうか自信がないから、とかいろいろ理由をつけて、その日は何とかお引き取り願い、一両日中に連絡する、ということにした。こういう時に“人種カード”は効く。

    さてどうするか。その時説明された15%引きプランは実際お得ではあったから、乗り換える、という手もなくはないが、どうもあのセールスの仕方が気に入らない。そもそも、ご近所は皆うちと契約している、という話は本当なのか?

    ということで、いつもよくしてもらっていたお隣のおじいさん、ボブに相談してみることに。ボブはいつもの穏やかな笑顔のままひとしきり私の話を聞き、自分のところの事情も説明してくれつつ、最終的に私がどうしよう、と悩んでいると、ボクならどうするか教えてあげよう、と少しいたずらっぽく微笑みながら話し出した。「ボクだったらまずは今契約しているA社に電話をして、O社からこんな割引を提示されて、乗り換えを促されている。ついては御社はどんなサービスをしてくれますか?と聞いてみるよ。」

    なるほど!バーゲニングである。大人しい消費者?知恵を使っていない消費者?の私には目から鱗のアドバイスだった。

    早速その言に従い、A社に電話。ボブに言われた通りの話をしたら、お客様、私共にも同様の割引プランがございます、と言う。O社と比べてほぼ遜色のない内容だったので、そのプランへの変更を依頼して一件落着。なんだ、簡単じゃないか。

    そもそもそのA社の割引の案内が私になされていなかったのはどうしてなんだ?という疑問が湧いたが、A社のホームページを見ると、その割引プランのことは記載されており、割引、割引、と飽くなきお得な情報探しをしていくと行き当る仕組み。ボーっと待っていて向こうからやって来てくれるものではない、という当たり前のことを学んだ。

    そう言えば、各会社からの電話攻勢に嫌気が指していた時に、大学の同僚にそれを愚痴り、自由化って面倒だ、という趣旨のことを言ったところ、彼女は、私は私たち市民の側に選択権があるのは良いと思うな、だってそれで自分の生活、人生をtake control出来るんだから、と言われた。なるほど、主導権を握る、か…。

    さて、問題はこのカルチャーが日本社会でどう定着するのか、だ。来年にはガスが自由化となるらしいし、どんどん市民の側に自らの生活を“コントロール”する機会が投げられてくる。日本の人たちは自分の生活の主導権を果たして握れるのか?

    そして、そもそも環境は整っているオーストラリアの人たちは主導権を握れているのか?現状に満足なのか?聞いてみる価値がありそうだ。



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Yoko Harada

原田容子: オーストラリア・ウオッチャー。子供時代の一時期を父親の転勤にてシドニーで過ごす。以来オーストラリアとの交流が続き、2003年にそれまでの会社勤めを辞め、シドニー近郊のウーロンゴン大学に留学。修士号、博士号(歴史・政治学)取得。在メルボルンのディーキン大学で研究フェローを務めた後、2013年帰国。外務省の豪州担当部署に一年勤務。現在は個人でオーストラリア研究を継続する傍ら、大学で教える。