「シンガポールの労働法〜公正な採用〜」
前回のレポートでは、シンガポールの雇用法(EA)について簡単にご紹介しました。今回のレポートからは、EAの具体的な内容などについて、より深く掘り下げてご紹介していきます。
会社を設立するとき、その最初のステップとなるのが、ビジネスのための人材を確保することです。シンガポールでは、現地人であれ外国人であれ、従業員を雇用する際に、会社が考慮すべき点がいくつかあります。これは、雇用者と被雇用者双方の利益を守り、会社が法律に触れることがないようにするためです。
公正な採用選考
日本と同様、シンガポールの企業も採用活動において公正な選考を行うことが求められています。企業は、能力(スキル、経験、職務遂行能力など)に基づき厳格に採用選考を行うべきであり、以下の事項に基づいて応募者を差別してはならないことが強く求められています。
- 年齢
- 性別
- 人種
- 宗教
- 配偶者の有無と扶養家族を持つ
- 障害
公正な採用を確実にするために、3つの組織が連携して「Tripartite Alliance for Fair Progressive Employment(略称:TAFEP)」(公正で進歩的な雇用慣行のための三者同盟)という機関を設立しました。この三者同盟の加盟組織は、「Ministry of Manpower (略称:MOM)」(シンガポール労働省);「National Trades Union Congress(略称:NTUC)」(全国労働組合会議);「Singapore National Employers Federation(略称:SNEF)」(全国雇用者連盟)です。
TAFEPは、公正で責任ある先進的な雇用慣行の導入を促進することを目的としており、シンガポールの企業が遵守すべき一連のガイドラインを提示しています。雇用主がガイドラインに違反したり、採用プロセスで差別を行ったことが判明した場合、MOMはその企業に対して措置を講じ、罰則が適用される可能性があります。
求人活動のガイドライン
TAFEPのガイドラインのひとつに、「求人活動に関するガイドライン」があります。
企業は、求人活動が公正で、年齢、性別、人種、宗教、配偶者の有無、家族構成、障害などに基づいて応募者を差別するものでないことを確認する必要があります。
求人広告に選考基準を記載する場合には、候補者の資格、スキル、知識、経験などに関連したものであることを確認します。。実際に、求人広告の説明文に含まれる差別的な表現を自動的に検出し、投稿が承認される前に広告文の修正を促す主要求人広告サイトもあります。
下記は、求人広告に差別的な表現が含まれていないことを保証するために、公正な雇用主として何をしなければならないかを示したガイドラインです。また、面接の際にも、同様のポイントに注意する必要があります。
年齢
- 一般的に、年齢を選考基準として用いることは避けるべき
- ただし、その仕事が法律や規制の要件に縛られている場合は、求人広告に前もってその旨を記載することができる
- 高齢者の雇用機会を向上させる国家的な取り組みを支援する為に、高齢者に適した仕事であると述べることもできる
- 身体的な負担が大きい仕事の場合は、仕事内容にその旨を明記し、特定の年齢層を示すことは避ける
例:
性別
- 性別を選考基準にするのは避けるべき
- 実務的な要件が含まれる場合は、その理由を明確に記載すること
- 性別にこだわった名称の職種(例:Cameraman/カメラマン)は、「男女とも応募可能」と記載する
例:
人種
- 人種を選考基準として用いることは避けるべき
例:
シンガポールは多民族国家であり、人種間の調和を重視する社会であるため、いかなる形の人種差別も許されません。
ある人種が他の人種よりも仕事で優れたパフォーマンスを発揮できると決めつける理由はないはずです。特定の人種がその仕事に適していることをほのめかすことで、会社は当局や一般市民とトラブルになる可能性があります。
宗教
- 宗教を基準として用いることは避けるべき
- 職務上、宗教的機能の遂行または宗教的認定基準の達成が必要な場合、その要件を明確、客観的、かつ繊細に提示する
例:
言語
- 特定の言語能力を必要とする職務の場合、その理由を明確に明示する
- 求人広告と広告媒体の言語が同じであることを確認する(例:英語の求人サイトに英語の求人広告を掲載する)
例:
シンガポールは多国籍企業が多い国なので、語学力が求人条件に含まれることも少なくありません。しかし、語学力が国籍や人種と同等であると誤解されることがあってはならないし、求人広告でそれを示唆するようなこともあってはならないです。
語学力は時間と経験によってのみ向上するため、企業は語学力要件に関して柔軟に対応することが推奨されます。
国籍
- 国籍を選考基準として用いることは避けるべきである
- 特に、外国人を優遇するような言葉や言い回しは使用しない
例:
国籍が選考基準になることは避けるべきですが、求人条件に「シンガポール人のみ」と明記することは問題ないとされています。
なぜなら、シンガポールで外国人を雇用するとなると、最低賃金や枠、法律など、制限や要件があるからです。つまり、企業は最低賃金を下回る職種に外国人を採用することができなくなります。また、会社に外国人を採用するための枠がない場合もあります。
また、政府はシンガポール人の採用を積極的に推進しているので、そのように表示しても問題ありません。
配偶者の有無と扶養家族を持つ
- 配偶者の有無や扶養家族を持つを選考基準にしない
例:
扶養家族を持つ候補者が仕事の要件を満たせないと決めつけるべきではありません。その代わり、広告には仕事の条件を明記し、候補者がその仕事に適しているかどうかを判断できるようにします。
筆者考察
シンガポールで採用(あるいは一般的な事業運営)を行う場合、その国の背景や社会を理解し、敏感になることが重要です。シンガポールでは家族に関する要因(例:家柄、家庭環境、戸籍など)で不適切な採用選考が行われることは少ないです。逆に、シンガポール人に対する公平性やシンガポール人内での公平性を重視しています。これは、シンガポールの文化的、経済的な事情によるものです。
シンガポールは人種、宗教、背景が異なる人々が暮らす国なので、社会の調和とバランスを保つために、すべての人々に公平に仕事の機会を与えることが非常に重要です。そのため、どのような人にも差別的な機会を与えてはならないことが常に強調されています。
また、開放的なビジネス環境とビジネスフレンドリーな政策により、シンガポールには多くの多国籍企業が進出しています。そのため、コロナが蔓延する以前は、外国人労働者が大量に流入し、多国籍企業が自国民を優先することにシンガポール国民の不満が募っていました。この問題に対応するため、政府は新たな機関を設置し、企業向けの新しいガイドラインを随時発表しています。また、外国人を雇用する際の要件や制限も、時代とともにますます高くなってきています。様々な理由により、上記のような指摘がガイドラインに具体的に盛り込まれています。
実際、求職者が不当な差別的求人広告や採用活動をTAFEPに報告するための簡単で便利な報告ルートが用意されていることは特筆すべきことです。TAFEPは、このような報告があった場合、問題の是正に迅速に対応しています。そのため、企業が採用活動のどの段階においても、このガイドラインを熟知しておくことは、万一の事態を避けるために非常に重要です。
References:
https://sso.agc.gov.sg/Act/EmA1968
https://www.tal.sg/tafep