「シンガポールのケア経済」

前回までのレポートで、シンガポールの「デジタル経済」と「グリーン経済」をご紹介しました。今回のレポートでは、最後の新興分野「ケア経済」を紹介します。これまでの2つの新興分野が経済を対象としているのとは異なり、ケア経済は主にシンガポールの社会や人々に直接利益がもたらされることを目的としています。

ケア経済の定義

人間の健康と可能性をサポートするケア、ウェルネス、ラーニングサービスのネットワークを総称して「ケア経済」と呼びます。

世界的に見ても、ケア経済は最も急速に拡大している経済分野の一つであり、雇用や経済成長・発展に大きく寄与しています。

また、COVID−19はこの流れをさらにあと押しし、ケアエコシステムの強化の必要性を加速させています。2020年発行のレポートでは、2022年までに新興の職業における求人の40%近くが、ケア経済で行われるようになると予測されていました。

シンガポールケア経済

シンガポールのケア経済とは、現在および未来の人々の育成と教育に関わるケアとサポートサービスを提供する専門的な仕事とスキルの集まりを指します。

生活の様々な場面でデジタル化された新しい規範に適応していく中で、社会的・情緒的なニーズを維持するために、人と人との交流はますます重要になっていきます。これは、ケア経済を生み出し、ヘルスケア、ウェルネス、行動社会学、児童、高齢者介護におけるケア経済の仕事とスキルの重要性を煽っています。

ケア経済戦略

ケア経済で急成長しているいくつかの分野に関して、シンガポールが掲げる目標とアクションは以下のとおりです。

Healthcare(医療)

ケア経済の大きな特徴のひとつは医療産業です。

高齢化が進むシンガポールでは、患者さん一人ひとりの医療ニーズや病歴に対応するパーソナライズドケアが重要となっています。患者ケアの提供、教育、体験に本質的な変化をもたらすために、関連スキルを持つ医療専門家が求められています。また、コロナ大流行により、シンガポールのヘルスケア産業の不十分さが露呈し、改善の必要性と緊急性をさらに高めています。

シンガポールの医療産業のビジョンは、国民が健康で長生きし、安心して暮らせる健康国家を目指すことです。

その為に、下記のような戦略を立てました。

1) 職業とスキル進化

  • 高齢者介護のためのローカルの人々をより多く引きつけ、新しいスキルを開発する
  • ローカルの中堅社員が医療業界に参入するための複数のパスを提供する
  • コミュニティ看護を発展させ、看護師のレベルアップの機会を提供する
  • 将来、即戦力となる人材を育成するため、職務の再設計とスキルアップを強化する

2) 生産性の向上

  • 医療従事者が患者ケアにより集中できるように、ワークフローを効率化する
  • 特に高齢化した労働者の仕事を軽くするために、支援機器や費用対効果の高い技術を拡大する

3) イノベーション

  • 革新的で患者中心のソリューションを導入し、新しい病院にて展開する
  • 様々なスキームを通じて、サービス提供への有意義な民間企業の参加を奨励する
  • テクノロジーで患者のケアを強化する
  • 医療記録をデジタル化し、すべての医療従事者をつなぐ

Community Care(コミュニティーケア)

シンガポールは、今後20年間で急速に高齢化が進むと予想されています。2030年には、約100万人のシンガポール人が65歳以上になると言われています。

その為、コミュニティーケアは医療従事者を補完する重要な役割を担っています。デイケアセンターや自宅など、介護のしやすい場所での高齢者生活を可能にすることが期待されています。

シンガポールは、ケア経済におけるコミュニティケアについて、以下のようなビジョンを掲げています。

  • 高齢者の支援に積極的に取り組み、社会的孤立や体調不良の問題をより効果的に先取りする
  • 低所得者や虚弱者だけでなく、高齢者にも広くサービスを提供する
  • 高齢者をサポートするための社会的・健康的支援を織り交ぜた統合的なサービスを提供する

そのためには、さまざまな関係者が強力に連携し、高齢者にタイムリーかつ協調的な支援を提供するネットワークシステムを確保するとともに、家族や介護者が定期的に関わり、ケアの継続性を確保することが必要です。

Social Service(社会福祉)

シンガポールの社会福祉は、単なるニーズに応えるという過去とは大きく異なる進化を遂げています。現在の社会問題や人口動態が複雑化する中、社会サービス部門の専門家は、一人ひとりが尊厳のある生活を送り、その可能性を最大限に発揮できるよう、懸命に努力を続けています。

高齢化など人口動態の変化に伴い、ソーシャル シンガポールのサービス部門は、5つの分野で支援を必要としている人々をサポートするために成長してきました。

  • 子供・青少年
  • 障がい者及び特別なニーズを持つ人々
  • 家族・介護者
  • 精神障害者
  • 高齢者

このような多様な社会集団にサービスを提供するために、社会福祉の専門家は常に最新の動向を把握し、コミュニティや他の専門家と分野を超えて常に協力し、全体的なサービスをデザインし提供する必要があります。

Early Childhood Development(幼児教育)

良い幼児教育は、子どもの発達に良い影響を与えます。幼児教育者は、多様な背景を持つ子どもたちが安心して学べる、育成的で包括的な環境を作るという重要な役割を担っています。

子供に全人的なケアを提供するためには、家族、地域社会、多職種の専門家の間で強力な協力体制が必要です。また、プロフェッショナルなレベルでは、教育者は自分のスキルを継続的に向上させるためにトレーニングや学習に従事することが奨励されています。

幼児教育産業を支援するため、シンガポールの社会家族開発省(MSF:Ministry of Social and Family Development)は2021年10月に新たなイニシアチブを発表しました。これらのイニシアチブは、幼児学校の質の向上、幼児教育者の専門的能力の開発、すべての子どもが良いスタートを切れるような支援とリソースの提供の強化に向けた政府の継続的な取り組みに基づいています。

Training and Adult Education (TAE)(トレーニング・社会人教育)

組織はスキルアップや新たに習得したスキルによって成長し、職場の効率を向上させるスキルを持つ人材を高く評価します。このように、TAE産業は、学習の伝達やスキルの効果的な習得を促進する上で重要な役割を担っています。

シンガポールでは、成人教育・訓練への投資を行うとともに、各業界のスキルニーズの高まりに対応した制度の拡充を図っています。

シンガポールにおける質の高い教育、トレーニング、人材育成の継続的な需要に応えるため、TAE業界の専門家は、以下のような分野でのトレーニングやさらなる学習を通じて、能力や専門性を向上させるよう常に奨励されています。

  • 社会人教育
  • 人材育成
  • トレーニング管理
  • 労働力開発

結論

シンガポールでは人口の高齢化が進み、育児や教育のニーズが絶えないため、ケア経済の重要性が高まっています。その結果、ケア経済に従事する労働者の需要が急速に高まっています。

社会のすべての人がケアされ、誰一人取り残されないようにするためには、ケア経済で必要とされる職業が満たされ、働く人々が十分なスキルを持つようにすることが必要です。

References

https://www.skillsfuture.gov.sg/skillsreport
https://www.weforum.org/reports/jobs-of-tomorrow-mapping-opportunity-in-the-new-economy
https://www.youtube.com/watch?v=VrWYJF5CDto
https://www.mti.gov.sg/ITMs/Essential-Domestic-Services/Healthcare
https://www.csc.gov.sg/articles/transforming-community-care-in-2030
https://www.moe.gov.sg/sgis/sponsoring-organisations/industries/social-services
https://www.msf.gov.sg/media-room/Pages/New-Initiatives-To-Support-Children-And-Early-Childhood-Sector.aspx
https://www.ssg.gov.sg/wsq/Industry-and-Occupational-Skills/Training-and-Adult-Education-WSQ.html