青ざめたキューピーと山葵

 海外旅行をした時に、地元のスーパーへ行くのが楽しみだ、という友達が多い。ご当地ものの食材に行き当ったり、地元の人たちの食生活に触れることが出来るから、というのが理由だが、ご多聞に漏れず私もスーパー訪問が大好きだ。特にオーストラリアではそうだ。お土産を買うにしても、お土産物屋さんで売っているような商品は、もう私の周りの人たちには一通り渡してしまったし、根強い人気のビスケット「Tim Tam」などは空港で買うより、スーパ―で買う方が安い。そして何よりオーストラリア滞在中のあれこれを揃えるのはスーパーなので、滞在した町々で一番お世話になるのはスーパー、ということになるのだ。
 オーストラリアにはスーパーの二大チェーンがある。ウールワース(Woolworth)とコールズ(Coles)だ。今はIGAとかALDIも人気だけれど、慣れもあるのか、私はやはりこの二大スーパーの店舗を訪れることが多い。余談だが、ウールワースは地元ではウーリーズ(Woolies)、と呼ばれる。オーストラリア人は言葉を縮めて言うのが好きで、例えばブレックファストはブレッキー、バーベキューはバービー、となる。“ウーリーズ”、というのも同じ発想なのだろう。

 という訳で、今回のオーストラリア滞在中にも両スーパーを何度もうろうろしたのだが、ある日ウーロンゴンのコールズで出会ったある商品にビックリして、本当に声を上げてしまった。えぇ??

な、なんだ、この青ざめたキューピーは?!
 こんな製品があるの?日本にはないんじゃない?あれこれ思いながら、一つ手に取って眺めまわしてしまった。これは決してコピー商品とか、そういう怪しいものではない。正真正銘キューピー株式会社さんの商品だ。
 つぶさな“検証”の結果、なるほど、と思った。オーストラリアの人たち、山葵、好きだもんなぁ…。
 その昔、1970年代にオーストラリアに住んでいた頃、地元で有名な日本食と言えば、すき焼きに天ぷらだったが、2003年再度オーストラリアに住むことになった時には、それがすっかり寿司になっていて驚いた。そしてその寿司と共に「ワサァビィ」などと発音しつつ、山葵に興味を示し、好きだ、と言っている人が沢山いて更に驚いたものだ。
 オーストラリアには辛いモノ好きのアジアの人たちも多く住んでいるから、「わさびマヨネーズ」が商品化されているのも不思議ではない。実際、シドニー在住のタイ人の友達によると韓国製の同様の商品もあるとのことで、オーストラリアでは認知度がちゃんとあるらしい。 パッケージをよくよく見ると、製造はキューピーのタイ法人だ。

 その後日本に戻って来て日本のスーパーの店頭やら、キューピーのホームページやらを見てみたが、「からしマヨネーズ」はあるが、この「わさびマヨネーズ」は見当たらない。ということは、タイで作られ、一部アジアの国とオーストラリアだけに流れている商品なのだろうか。面白い。
 メルボルン在住の日本人の友達は、私が騒ぐまで日本にもある製品だと思っていたそうで、それなら今度一時帰国する時にお土産に買って帰ろうか、などと言っている。確かにウケるかもしれない。数揃えると、少々重たい荷物となるのが玉に瑕だが…。
 ということで、珍しいので私も一つ買って来て、東京で試食をしてみた。

 微妙に気になる人工的な「緑色」をしていて、少々警戒しながら食べてみたら…案の定、辛い!そうなのだ。オーストラリアで口にする山葵は日本で食べる山葵より辛く感じるのだが、今回のマヨネーズも同じだった。
 あるオーストラリア人の友達に言わせると、今まで食べたものの中で一番辛いものだったという山葵。そもそもこんなに辛いものだったか、と思い、加えてどうも山葵本来の風味がないのが気になり、果たしてオーストラリアで「Wasabi」として売っているものは、本当に「山葵」なのか、と調べてみたことがあった。
 結果、向こうで売られているわさびは、日本の山葵ではなく、西洋山葵、つまりホースラディッシュが主な原料であることがわかった。山葵も入ってはいるが、その割合は低い。ちょうど上のわさびマヨネーズの写真に写り込んでいる「Wasabi」の箱の成分のところを見ると、ホースラディッシュ31%に対して、日本の山葵は4.5%のみの含有量になっているのが見える。
 その話を向こうの友人にしたら、ボクは騙されていたのか?と言われたが、騙されていたわけでもない。だって、ホースラディッシュも日本語にしたら西洋“わさび”なのだから。
 でも本物の山葵を試してみたかったら…。是非日本を訪れて、山葵を擦り下ろしながら刺身を食べる、という体験をしてみて欲しいものだ。
 と、ここまで書いたところで、ふと、そう言えばタスマニアで山葵作っているっていう話なかったっけ?と突然思い出した。早速検索してみると、あった!タスマニア在住の夫婦が始めた「Shima Wasabi(島山葵)」。今は大手食品グループのTasFoods Ltd.の傘下になっているのだそうだが、シドニーの有名レストラン「Tetsuya’s」の和久田哲也氏が、ここの粉山葵の品質が高いと褒めているコメントがShima Wasabiのホームページ(※参考①)に掲載されている。

スクリーンショット

 新鮮な山葵そのものから、葉っぱ、花、茎、そして、粉山葵、更におろし金まで扱っている。主に高級料理店や山葵入りの食品(山葵入りチーズ等)を作っている企業向けの販売だが、粉山葵とおろし金は一般の人たちがネットで購入出来るようにもなっている。実際そこまでこだわって山葵を消費しているオーストラリア国内の人がどのくらいいるのか、調べてみたい気がする。
 正真正銘、本物の日本の山葵(wasabia japonica)を作っていることを強調するShima Wasabi。ホームページトップには、やはり一般に販売されている「Wasabi」はホースラディッシュが主な原料で、本物の山葵ではない!騙されないで、という注意書きが掲載されていた。

スクリーンショット

 ところで、こうやってキューピーマヨネーズがオーストラリアの棚に並んでいる光景は、私にとってはなかなか感慨深いものだ。

 今のオーストラリアでは当たり前の光景、キューピーマヨネーズを置いていないスーパーなんて…という感じだが、検疫がきついオーストラリアでは1970年代には輸入が認められていなかったものなのだ。キューピーマヨネーズは含有の卵分が多いから、というのが理由だった。卵には菌が潜んでいることがあるから、ということらしい。
 結果、当時オーストラリアで手に入った米国などのマヨネーズは、キューピーマヨネーズに慣れていた我家にはちょっと物足りない味で、それは卵分が少ないからだ、ということで、母は市販のものにわざわざ卵の黄身を足して濃厚なマヨネーズを作っていた。
 それから40年超。今では業者さんが正規に輸入するのは認められていて、こうやって極々自然にスーパーに陳列されているのだ。たかがマヨネーズ。されどマヨネーズ。このようなところにも、オーストラリアが1970年代以降、ヨーロッパ的な志向中心の社会から、より多様性のある社会作りをしてきた形跡を見ることが出来るのである。
 因みに、今でもキューピーマヨネーズを個人がオーストラリア国内に持ち込むことは出来ないので、くれぐれも渡豪時に持参しないように!

※参考① http://www.shimawasabi.com.au/



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Yoko Harada

原田容子: オーストラリア・ウオッチャー。子供時代の一時期を父親の転勤にてシドニーで過ごす。以来オーストラリアとの交流が続き、2003年にそれまでの会社勤めを辞め、シドニー近郊のウーロンゴン大学に留学。修士号、博士号(歴史・政治学)取得。在メルボルンのディーキン大学で研究フェローを務めた後、2013年帰国。外務省の豪州担当部署に一年勤務。現在は個人でオーストラリア研究を継続する傍ら、大学で教える。